Chapter #0001 First Battle with "Good" Enemy / Segment 3 名乗り・アド(脇役2)コンプレットとマルゲリータの戦闘の25年前。

燃える。エド・シティがモンスターの軍勢に攻撃されている。彼らの初撃は首都だった。


『北の国』の実質的支配者、ジェノベーゼ丞相はアタゴ山からそのすべてを五感で感じていた。


空を舞う無数の小さな炎のかがやき。形あった物が灰になる音。生命が非生命に還る匂い。煙が舌に苦い。彼方で炎が竜巻を作り地上の空気を吸い込む、その輻射熱が頬の毛に熱い。


「よく燃えている。懐かしい。余が悟ったころ、四百年くらい前は戦ばかりであった。平和に慣れきった愚民にはよい薬。これで皆、魔法に長けたモンスターには科学が通用しない事臓腑にしみたであろう。しかしモンスターども、寺社仏閣・学校・病院には手を出さぬ。統制が取れている。あの『プラトンのデミウルゴス』の系譜『幼き神』、志願兵を選りすぐったか。あのプラチナムドラゴンがエド攻めの総指揮、思念応答の同時接続数が30を超えても乱れがない。やはり熾天使はデキる。だが応答を暗号化せぬか。天使同士、ドラゴン同士であれば無数に暗号化のプロトコルが存在するのだが、主兵力はキメラやワイバーン、グリフォンなどの『天使のしもべ』だからのう。魔法暗号を割る楽しみを味わえなかった。部下がバカだとつまらぬな、お互いに」


その深緑の袈裟に身を包んだ白い体毛に朱色の模様のキツネ人は、静かに紅蓮の炎を見つめる。

「科学がダメなら神頼み、魔力には神通力。それを科学に実装させる時がきた。宗教を科学する時代」


ジェノベーゼは自分の肩を叩いて揉んだ。

「やれやれ、あの仕事がこれに間に合ってよかったわい……いや、待ってくれたのだろうな」


ジェノベーゼは事前にこの攻撃を予測し、国庫から大規模な財政出動をし、公務員・民間の仕事を半分止め、中等・高等・大学レベルの学校の授業を完全に中断。学徒動員してまで耐熱性の強い防空壕を整備したのである。


「『幼き神』は天使の首領として実に踊りやすい。防空壕の整備を待ちつつ、南の帝国との戦争の前に介入してきた。こちらの被害の最小化を図っているのが見え見えだ。戦国時代を終わらせた先任はケモノが同士打ちで疲弊しきるまで焦らしたものだ。介入のタイミングを見切れなかったから、皇帝とは和議への流れや戦後処理まで複数プランを打ち合わせたし、その結果、主戦場として独立地帯まで用意したのだがな」


ジェノベーゼは紅蓮を背にした。

「さて、一芝居打つ頃合い」


ジェノベーゼはエド幕府の首都防衛軍の本陣に顔を出した。負け戦で大混乱の本陣だったが、ジェノベーゼがあらわれると誰もが敬礼をした。突然それは膝をついて頭を下げた。誰もが驚いた。


「皆の者すまぬ。敵が来ることまでは予測できたが、こうも歯が立たぬとは思わなかった。砲弾はおろかレーザー砲も効かぬ、航空機はハタキ落とされる……防空壕は作らせておいてよかった。許せとは言わん。そろそろ余も退き時であろう」


ジェノベーゼの『苦悩に満ちた支配者』ヅラが演技であることを見抜く者はいなかった。その場にいた誰もがそれをねぎらい、丞相として続投することを嘆願した。


(最初から分かっていたとは流石に言えぬ。心の底から嘘をつけば、その場では本心に見える。あとは長期的整合性)


ジェノベーゼは皆をねぎらい、感謝し、励ましたのちに本陣を後にした。


(さて、南の帝国の皇帝・ステーキ君に会いに行こう。このザマを再映したらどんな顔をするかな。あちらのオオサカにも同じ事が起きると知らせてあるが、向こうもやれることはやり尽くした。彼は30前だが清濁併せ呑む、殺すことも殺されることも受けいれたる武人。マッチョなのに孫子も墨子も好きならストア派哲学も老荘思想も好きという変わり種。平和ボケのこいつらとは何もかも違う。それにしても、こうなると教えてもスンプはロクに防空壕を整備できていない、民主主義はつらいな)




小氷河期の到来が原因で戦争寸前だった北の国と南の帝国は、モンスターという共通の敵を得て、ケモノ同士で殺し合う愚を避けることができた。少なくとも、尋常小学校に上がった子は皆そう教科書で習う、そんな世界の物語を始めたい。

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