第2話

学校でも渚と馨は一緒に過ごした。

教室も同じですから、授業も移動教室のときもお昼のときも一緒に過ごしました。

ともに生活して3ヶ月が過ぎた7月のある日。期末テストが終わり夏休みに入った。

それまでも夢の共有をしていた。

雲に乗る話、小さくなる話、街に声があふれる話、家の前を往復する不思議な車の話、クレープを食べに行く話、トイレに立てこもったら目の前からゾンビが襲ってくる話、それはそれは色々と、様々な夢を見ては共有した。

夏休み一日目、いつもどおりに東公園に集まった。

公園には蝉の声がぶつかるくらいに交差していた。

「おはよう渚」

「馨おはよ〜、今日も暑いねぇ」

渚の手に握られているアイスがゆるゆると溶け始めている。

「アイス、溶けちゃうから早く食べないとだね」

ぴとぴとと滴るアイスに目を向けて馨は言った。

急いで渚はアイスを食べる。

「ん!」

渚は馨の目の前にアイスの棒を見せつけた。

棒の先にはあたりの3文字。

「当たりでた!やった!今日は2本食べちゃお〜」

にこにこと一人で喋る渚を馨はまたにこにことしながら見守っていた。

馨は言う。

「今日も共有する?」

渚は少し考えた。

「んー、今日はちょっと試したいことがあるんだ」

馨は何?と聞き返す。渚はわくわくしながら話す。

「私達が物語を考えるんだよ!こういうのいたらいいなぁとかさ、それで夢で会えるのか検証したい!」

馨はふむふむと頷く。

続けて渚は言う。

「こんだけ夢を見るってことはそれなりに想像力があると思うんだよね。だから自分たちが描いた話を夢で見れたら面白いかなって」

話を聞くと馨も面白そうだとわくわくしていた。

「自分たちで物語を考えないといけないのか…ならお店とか入る?」

「そうしよう!駅前にファミレスあったよね、そこにしない?」

「あ、でも待って、アイスだけ交換させて」

笑いながら渚は言う。

二人でアイスを食べながら駅前のファミレスに向かった。


スターパレス。少し不思議な雰囲気が漂うそんなファミレス。静かで優しい、だけど気を抜くとどこかにトリップしてしまいそうな、そんなお店。

「ここのドリンク美味しいんだよね」

席につくと渚はメニュー表を開いた。

「不思議な名前だよね。銀の涙とか猫の心とか、どんな味がするか想像できない」

それがいいんだよ〜と渚は笑いながら話す。

「なのにこれ、おいしい水って書いてあるの面白いよね。これだけ正直すぎるだろって」

不思議な名前が羅列するメニュー表には1つだけ単純明快な言葉が書いてあった。ある意味目立つ。

「渚は何頼むの?」

「んー、お腹空いたからなぁ、スターフィッシュと霜の滴かなぁ。馨はどうする?」

「黒い白と踊り狂うたこかな。ほかはいい?」

「一旦これで」

了解と口にし呼び鈴を鳴らす。

「失礼します。ご注文はどうなさいますか?」

店員の声がかかり、渚ははきはきと答える。

「スターフィッシュと踊り狂うたこ、ドリンクで霜の滴と黒い白をお願いします」

渚は注文をした。

「かしこまりました」

と、店員は静かに去っていった。


商品が到着した。

魚の形をした金平糖とゼリー。タコさんウィンナーにパスタが刺さった宇宙人パスタ。白も水色でアラザンがちらしてあるキラキラとしたクリームソーダに、黒に白が映えるつるんとした飲むコーヒーゼリーが届いた。

一口嗜んでから、渚はカバンを漁り、中からノートとペンを出した。

「ねぇ馨、ここに書いてこうよ」

「書くって物語を?」

「物語もだけど、こういうのいたらいいねとか、紙とペンあったほうが書きやすいでしょ?イラストとかさ!」

渚は筆を進めながら話し続ける。

「ここまで来るときに考えてたんだぁ」

そう言ってノートに書かれた小さな妖精。

淡いオレンジ色を纏っていて、ピンとした羽が4つ、ショートカットでワンピース。顔は描かれていない。

「この子は?」

馨がはてなと聞く。

「考えてた子、名前はハッピーエンド」

静かに渚は語りだす。

「この子はね、ハッピーエンドにしてくれる子なの。散々な結末をハッピーに変えてくれる。小さなことから大きなことまで、この子は幸せにしてくれる。幸せを運び込んできてくれる。」

馨は口を開く。

「この子を考えた理由は?」

「そんなの決まってる。過去に話したとおり、このままいったら潰れちゃう。家族がばらばらになっちゃう」

寂しそうに話し続ける。

「だからこの子に助けてもらいたいんだよね、ほんとにいたらの話だけど。腕を切ることもやめるかもしれない。家族の罵声が笑い声に変わるかもしれない。みんなばらばらだけどまた昔みたいにお出かけできるかもしれない。これは私の静かな願い…なんだよね」

馨は言葉を選んでいた。何をかけても間違いなきがして声を出せなかった。

「馨は何かある?」

その声を聞いてはっとした。

馨もゆっくりと筆を進めた。

描かれたのはニコニコと笑うイカだった。

「イカ…?」

渚はそうつぶやく。

馨は話し始める。

「さっきの話聞いてさ、あーなんかわかるなぁってなって。僕の家は家族がばらばらとかじゃないけどなんだろ、厳しいっていうか、自分を出せないんだよね」

渚はしっかりと馨を見つめて話を聞く。

「親が家に帰ってきた時、足音で機嫌を図る。親の機嫌にあわせて話す内容とか口調を変える。口数も変える。この言葉は地雷を踏んでいないか、何か気に触ることを言っていないか、ずっと気にして話してる。だから疲れちゃうんだよね。失敗した時、あぁまた怒られるのか、殴られるのかって」

馨は苦しそうに拳を握りしめる。

しかし、雰囲気を変えて少し明るいトーンで続きを話し始めた。

「だからね、このイカさん。まぁいっかっていうイカさん。ダジャレかよって思うかもだけど、それくらいの感覚が今はほしい。何かしてもまぁいっかで終わらせられるような、地雷踏んじゃったけどまぁいっかって、殴られちゃうけどまぁいっかって。傷つけちゃったけどまぁいっかって。少しでも自分を楽にしてあげたい。だからこれも僕の願い。この子がいたら少しは生きやすくなるかなって」

渚は口を開く。

「普段あまり自分のこと話してくれないからすごい嬉しい。なんかやっぱ似たもの同士なのかもね」

馨も話し出す。

「ね、自分を傷つけちゃうところとかね」

そう、二人は夏になっても頑なに左腕だけは隠していたのだ。

「ある意味生きてる証だよね」

笑いながら渚は言う。

「間違いない。お互い自由になりたいんだね。ハッピーエンドとまぁいっかはきっと来てくれるよ。どんな形だろうとさ。そうやって少しでも希望を持たないとね」

時間は午後4時を過ぎていた。

溶けたアイスはソーダに混ざりキラキラと輝いていた。

 渚はスプーンで溶けかけたソーダをゆっくりすくった。

 光が反射して青い水面にオレンジ色の妖精が浮かんでいるように見えた。

「ねぇ馨、この子たちさ」

渚がノートに描かれたハッピーエンドとまぁいっかのページを指でなぞる。

「どっちもさ、私達が欲しいものなんだよね。…誰かがくれるんじゃなくて、自分たちがやっと掴みたい、そんなもの」

馨はその言葉にゆっくり頷く。

「そうだね。でもさ、こうやって描いたらなんか…ほんとにいる気がしてくるよね」

笑いながら馨が言う。

「ふたりで作ったお守りみたい」

渚がポロっと口に出す。

どこか遠くから子どもの笑い声が聞こえてくる。ふたりはそれに気づき、同時に外を見た。

「笑い声いいなぁ」

渚がぽつりと言う。

「そうだね、僕達って普段笑えないからさ、羨ましいよね」

 馨はノートを抱えるように胸元へ寄せた。

「ねぇ渚。このノート……これからも一緒に書いていこうよ。嫌なことあった日でも、ただ落書きだけでもさ」

「いいね。たくさん描こ?願いとか、ほしい未来とか、くだらないこととか」

 ふたりは少しだけ笑い合った。声はかすかで、でも確かに温かかった。

 外の光は夕方の色へ変わりはじめていた。

キラキラしていたソーダの青は深い海のように沈み、アイスは完全に溶けて淡い雲みたいに漂っている。

「ねぇ馨」

「ん?」

「今日、ここ来てよかった」

 その言葉は、ソーダよりずっと静かに、けれど深く胸に染みた。

馨はふっと息を吐きながら、ゆっくりと答えた。

「うん。なんか……自分の世界が少しだけ自由になった気がする」

 二人の世界はまだ囲われたまま。だけど確かに少し扉が開いた日だった。

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