幸せのかたち

@toduki_kyo

第1話

春の風が吹いている。

新学期、新しいクラスになった。

自己紹介の時間が終わり目の前の子に話しかけてみる。

「ねぇねぇ、君、神崎馨っていうんだね」

急に話しかけられて彼は少し驚いていた。

「君は確か神城渚だっけ」

「そそ!お互い神って字ついてるなぁって思って声かけちゃった。これからよろしくね」

話すことなんてなかった、ただ人とのつながりが欲しかったからひねり出した話題で場をつなぐ。

「よろしくね、えっと…」

「渚でいいよ」

「よろしくね渚」

「こちらこそよろしくね馨」

私達の関係が始まったのはこの日からだ。お昼ご飯を食べたり一緒に帰ったり、普通の生活をともに過ごした。

ある日の帰り道、いつもどおりの帰り道。二人で喋って歩いていた。

「ねぇ渚、渚って夢見る?」

「夢?めっちゃ見るよ」

「ほんと?実は僕も夢めちゃくちゃ見るんだけどこの前見た夢に渚が出てきたんだよね」

「何それ!なんか嬉しいけどどんな夢だったの?」

「なんかね、二人でただ川辺を散歩するだけなんだけど、そこで自分たちの家族について話してたんだ。ホントかどうかわからないけど二人で悲しい話をした」

「悲しい話?」

「僕ってね、現実でも親の仲悪いんだ。そのことを話したらあーうちも似たような感じかなって返ってきてたの」

少しドキリとした。私の親は暴力を振るう系の親だから

「あはは、それねぇ、当たってるよ。実は私達似た者同士なのかな」

「ほんとにそうなの?」

「ほんとにそうだよ」

「そっか…」

「んでさ、その後はどんな会話してたの?」

「それが夢だから詳しく覚えてないんだよね、夢を共有できる何かとかあればいいんだけど」

「確かに、夢って印象に残ったところが濃く刻まれるからその他のこと忘れちゃうよね。でも夢を共有するのって面白そう! どこかにないかなぁ」

「あったら嬉しいね」

そんな会話をしたある日の下校時間。その日を境にお互いが見た夢を語り合いながら二人は下校するようになった。


「渚の今回の夢めっちゃ平和だね! 」

「平和だった! もふもふいっぱいだった! だけどやっぱり夢は夢だから口頭でその場の雰囲気とか感触とか伝えるの難しいなぁ」

「それは僕も思った。やっぱり夢を共有しないとだよね」

馨は笑った。

二人でそんなことを話しながら歩いていると1つの自販機を見つけた。

なんどもなんども歩いた道、知らない自販機だった。

「ねぇ馨。あんなところに自販機なんてあったっけ」

馨は自販機の方をゆっくりと見た

「…いや、なかったね。なんだろう。近づいてみよっか」

そうして二人は自販機の前に立った。ドリンクが売ってる自販機ではなかった。

ただの普通の自販機。何の変哲もないただの自販機。ボタンが一つしかないだけの自販機。ボタンが一つしかないだけでなんとなく不思議な雰囲気を纏っており二人はコクリと息をのむ。

張り紙にはこう書かれている


 あなたのほしいものが手に入ります。思いを込めてボタンを押してみてください


と。

二人は考えた。

「渚、これ本当なのかな」

馨は言った。

「ホントか嘘かはやってみないとわからないよね。ためしにやってみない?」

「確かに、面白そう」

「張り紙にはほしいものに思いを込めてボタンを押せか、渚、どうする?」

「そりゃあもう一択でしょ」

「やっぱり?」

「うん!二人でせーの!で押そうよ」

そうして二人は一つのボタンに人差し指を当てて言った

「「夢を共有できるボタンをください」」

しばらくするとガコンッという音がした。

自販機の中を見ると2つのボタン。キーホルダーになるようにチェーンがついていた。

「これが…夢を共有できるボタン?」

「ホントなのかなこれ…」

「わからないけど今日は一旦家に帰ろ?明日二人で試してみようよ、日曜日だし、馨時間空いてる?」

「空いてるよ」

「なら決定!明日お昼15:00に東公園で!」

「了解!」

そう約束をして二人は帰路についた。


次の日、二人は約束通りに東公園で落ち合った。

「やほ、馨。ちゃんと持ってきた?」

「おはよう渚。もちろんちゃんと持ってきたよ」

なら良かったとキーチェーンにぶら下げた謎のボタンを馨に見せた。

「みてみて、これなら絶対に忘れないと思ってさ」

「僕達似てるね、僕は定期入れにつけてたんだ」

そう言って馨は定期入れを渚に見せた。

「昨日は夢見た?」

「ちゃんと見たよ」

「んじゃさ、これ、本物か確かめようよ」

「どうやって?」

「お互いの夢を語らずに共有してみるの。そして見えたものを口にして確認するっていう方法」

「なるほど…。でもまずこれってどうやって使うんだろ」

「たしかに…」

馨はボタンを少し見て話す。

「これもボタンひとつだけだよね」

「んー、ひとまず押してみる?」

そうやって二人は自分のボタンを押してみた。

すると機械から音声が流れた。


 キカイガレンケイサレマシタ


二人は目を合わせた。

「機械が連携されましたって言ったね今」

「確かに言ったね」

「機械が連携されたってことはもう使えるってこと、?」

「でもお互いの夢を共有するのに自分のやつ押しても意味なくない?」

「馨頭キレるね。たしかにそのとおりだ」

と、渚は少し驚く。続いて渚は言う

「じゃあさ、交換こしようよ。まずは私がボタン押してみる。」

二人はお互いの機械を交換して渚が馨の機械馨が渚の機械を手に取る。

「じゃあ今から押して見るね」

渚は馨から受け取った機械のボタンに指を置き、そっと押してみた。


気づけば渚は傘をさしていた。

雨の降る街。ビニール傘をさしていた。

街を歩く。

歩いても歩いても誰もいない。閑散とした世界。雨の音だけが脳に響く。

瞬きをすると別の場所に立っていた。

路地裏のようだ。

雨はもうやんでいる。

目の前にはダンボールに入った子猫が一匹。

白黒茶色。三毛猫だった。

「ねこちゃん、寒いよね、どうしてこんなところにいるの?」

猫は弱々しくにゃーという。

体はやせ細っていて目やにもひどい。

「ちょっと待っててね、今毛布持ってくるからね」

そう口にした瞬間目の前がホームセンターになる。

驚きは何もなかった。急いで毛布を探す。

「毛布、毛布……あった」

「でもこれじゃ大きすぎるかな。でも大きい方が暖かいかな。これにするか」

渚は1つの毛布を手に取る

瞬間。気づけば子猫の目の前に戻ってきていた。

腕の中には毛布があった。

「ほらねこちゃん、これでもう寒くないよ」

渚は毛布で子猫の濡れた体を拭き、濡れてない面で子猫をくるんだ。

「寒いね……悲しいね……悲しいよね……なんでこんなことになっちゃったんだろうね」

腕の中で震える猫を見て涙が一つ落ちる。

涙が地面に着いた時、世界は白く変化した。

何も色のない世界。

空も道路も街もお店も何も色がない。

もちろん自分の体にも服にも色がない。

街を歩く人たちも同様に。

見覚えのある路地裏の入り口。

にゃーという声。

引き込まれるように路地裏に入ると白黒茶色、見覚えのある三毛猫がいた。

ふわふわとした毛並み。毛布にくるまったその猫はこちらを覗くようにみている。

「こんなところに猫ちゃん…ごめんね、お家には連れていけないんだ」

そう言って渚は立ち去る。

しかし歩いても歩いても三毛猫は後ろからついてくる。

「ごめんね猫ちゃん。ついてきても何もあげられないし君の望む生活はできないと思う。

そう言うと猫は空を見上げた。

色のない世界だった。

なのに空には虹がかかっていた。

きれいな七色。

瞬間街に色が宿る。

渚は色を取り戻す世界をぼーっと見ていた。

ぽつりと言葉をこぼす。

「君、あのときの猫ちゃんか、虹を連れてくれたんだね」


はっと渚は目を覚ます。

土管を背に渚は眠っていたようだった。

「あれ、馨、なんで私今座ってるの?」

「ボタンを押した瞬間倒れるように地面に落ちていったから僕が運んだんだよ」

「そうだったの、」

「で、どうだった?何かあった…んだと思うけど」

そう言って少し心配した顔をしながらも不思議そうにこちらに語りかけてくる。

「不思議な夢を見ていた。雨の中猫ちゃんを見つけてその子を助けたんだけど気づいたら世界は真っ白で、でも助けた猫ちゃんが虹を連れて色を戻してくれるっていう」

そう話すと馨は驚いたように話しかけてくれた。

「それ、昨日僕が見た夢だよ…」

渚は目を丸くして声に出す。

「本当…?」

馨はコクリと頷いた。

渚は動揺しながらも渚に話しかける。

「と、とりあえずさ、交換こ。交換こしよ?ほら、馨もボタン押してみてよ」

「わかった…」

馨も少し動揺しながら、自分のボタンを押す。


青いバラを持っている。

片手に1つの青いバラ。

ただバラを持ちながら歩いていた。

ただひたすら歩いていた。

街は目まぐるしく季節を変える。

春、夏、秋、冬、春、夏、秋、冬。

長い長い一本道。耳に入るのは大きな声。

「なぜできない」

「兄は良かった」

「生まれてこなきゃよかったのに」

「何もできないね」

目に入るのは空に広がる複数の瞳。

まるで監視カメラみたいにこちらをずっと覗いてくる。

青いバラははらはらと花びらを散らしていく。

最後の一枚になった時、辺りが暗くなり真下に落ちていった。

道の次は大穴。下に下に落ちていく。

次第に重力もなくなりスーッと眠りに落ちる。


ドンッという地面に叩きつけられる感覚と同時に目が覚める。

ベッドから落ちたようだ。

目をこすりながら体を起こし、階段を降りていく。

ドア越しに聞こえるのは親の声。

「なぜこうなってしまったのか」

「そんなの知らないわよ、私達の教育が間違ってたのかしら」

「そんなことはない。だって兄はすべてを叶えてくれた。叶えていた。それをする力がないだけ」

「それをする力がないって何?私が悪いってこと?」

「そんなことを言いたいんじゃ」

そう言うと母は発狂したかのように大声を出し暴れだしてしまった。

恐怖にすくむ足とは裏腹に動く自分の腕。

やめろやめろと願っても勝手にドアノブに手をかける腕。

やめろやめろと願っていると急に現れるもう片方に握られたナイフ。

ナイフで手首を切り落とす。

自分の手はボトッと床に落ちた。


落ちた音で目が覚める。

気づけば呼吸は荒くなり冷や汗をかいている。

「馨…大丈夫?すごいうなされてたよ」

頑張って息を整えようとするが、うまくいかない。

こんなテンプレみたいな言葉が本当に口から発せられるのかと考えながらも馨は息を切らしながら応える。

「大丈夫……ちょっと……ちょっと不思議な夢を見ただけだから」

「不思議な夢ってどんな夢だった?」

食い入るように渚は馨に問いかける。

「なんかね、青いバラを持ってた。たくさんの目玉に見られながら誰かの嫌な言葉を聞きながら長い道を歩いてて、そうだ、そこは季節がめぐるところだった。そう。巡り廻るところだった。そしたら下に落ちちゃって。目が覚めたらベッドから落ちてて、階段下りたらドア越しでもわかるくらいに親が喧嘩してて、開けたくないのに開けようとする手を切り落とす、夢、だった」

そう思い出すように途切れ途切れに馨は話した。

話を聞き終わると渚は口にする。

「同じこと言うね。それ、昨日私が見た夢だよ」

渚の目は嬉しそうに瞳がゆらゆらとしていた。


時刻は午後6時。地面には2つの影が伸びていた。

二人は帰りながら言葉をかわす。

渚は口を開いた。

「なんかさ、馨の夢、夢だから当たり前なんだけど不思議だった」

はてなと馨は聞き返す。

「不思議ってどういうところが?」

「んー、なんかね、色がないってこの世界とリンクしてるのかなって、馨はこの世界のことどう思ってる?」

馨は考えながらゆっくりと話す。

「どうだろ、なんか、面白くない。今はこういう不思議なことが起きててわくわくしてるけど、日常は面白くない。変化がなくて平坦で、家に帰っても誰もいない。ずーっと平坦。悲しさも通り越して無って感じかな」

答えを聞いた渚も考える。

「平坦っていうか無っていうのが馨の夢に現れてるんじゃないかな?小説で言う比喩…みたいな」

「じゃああのねこちゃんは何を表してるんだろ」

「そうだね、はじめは悲しそうにしてたけど虹を持ってきてくれた。虹を持って世界に色を持ってきてくれた」

「…渚、とか?」

渚はきょとんとする。

「どゆこと?」

「いや、そのままだよ、さっき言ったじゃん。不思議なことが起きてわくわくしてるって。一緒に楽しんでくれてるのは渚自身で声かけてくれなきゃこんな毎日は送れなかった。ボタンって考えることもできるけど始め悲しんでるって考えると渚が登場した方がしっくりくる」

「にゃるほど…それは面白いな」

そう言って少し照れながらもごもご言いながらも嬉しそうにする。

渚は雰囲気を変えようと焦りながらも口を動かす。

「じゃ、じゃあさ、私の夢は何かあるのかな」

馨は夢を振り返る。

「大きな目、わからない言葉、穴に落ちる、ベッドの上、親の喧嘩、手を切り落とす…」

渚は分かったような顔をしながらも馨の言葉を待っていた。

少しすると馨はゆっくりと渚に言葉をかける。

「もしかして、家庭…?」

にこにことして渚は答える。

「せーかい」

「じゃあ…」

「私、家こっちだから!」

馨は続きを聞こうとしたがタイムリミットが来てしまった。

少し心残りだが仕方がない。

「あ、僕はこっちだから。今日は楽しかった。また会おうね」

そう言って二人は帰路についた。

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