アリウス・ルナの配信は、週に三回くらいの頻度で続いていた。

 曜日も時間も、きっちり決まっているわけじゃない。それでも、不思議と生活の隙間に収まった。

 天文部の活動が終わって、家に帰る。夕飯を食べて、風呂に入って、宿題を済ませる。そのあと、スマホを置く場所が自然と決まる。

 配信が始まると、部屋が少し静かになる。

 彼女は大声を出さないし、無理に盛り上げようともしない。星の話をしている時間より、雑談している時間の方が長いくらいだ。

『今日は、地球の学校について調べていました』

 そんなことを、当たり前みたいに言う。コメント欄は、相変わらずゆっくり流れる。常連の名前も、だいたい覚えた。

 ――登録者三千人。決して少なくはないけれど、どこか閉じた規模だ。だから、コメントが拾われる。

『キューくん、今日は部活?』

 呼び方が変わったのは、いつだっただろう。「さん」から「くん」になっただけで、距離が縮んだ気がした。

〈天文部です〉

〈今日も特に何も起きませんでした〉

『それは、よい観測ですね』

 そう返されて、少しだけ笑った。成果がないことを肯定される経験は、あまりない。

 学校では、天文部は影が薄い。部員も少ないし、文化祭でも注目されない。星に興味があること自体、どこか浮いている。

 でも、配信の中では違った。ルナは、こちらが話すのを待つ。

 急かさない。遮らない。

 それだけのことが、妙に心地よかった。

 俺はまだ、この配信を「特別なもの」だとは思っていなかった。ただ、夜に空を見上げる回数が、少し増えただけだ。


――――――――――――――――――――


 配信ログは、すべて保存されている。コメントの内容、応答までの時間、話題ごとの反応。彼女は、それらを分析する。それが、任務だった。

 地球人は、集団になると騒がしい。だが、少人数の場では、驚くほど静かになる。

 この規模の配信は、観測に適していた。個体ごとの差異が、はっきり見える。

 ある個体は、冗談を言う。

 ある個体は、沈黙する。

 ある個体は、星の話をする。

 ――キュー。

 彼は、過剰な言葉を使わない。質問も、感想も、必要最低限だ。それでいて、星の話になると、応答が正確だった。

 彼は、知識を誇示しない。訂正もしない。ただ、確認する。

 それは、観測者の態度に近い。

 彼女は、その点に興味を持った。危険性ではなく、相互性として。

『天文部は、どんな活動をするのですか』

 質問は、計画にはなかった。だが、不自然でもなかった。

 返ってきたのは、簡潔な説明。派手さのない、日常の断片。それを聞きながら、彼女は初めて、観測対象を「生活している存在」として想像した。

 地球人は、短い時間を生きる。

 その中で、星を見る。

 それは、合理的ではない。だが、無意味でもない。

 配信を終えたあと、彼女はログを閉じるのが少しだけ遅れた。

 分析には、不要な遅延だった。

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