2章: シェアハウス①


 渋谷駅を降り、自宅のある青葉台の方へと歩く。

 自宅と言っても他の何人かで共同生活をするシェアハウスだ。幼い頃に両親を無くしている為、実家と呼べる家はない。今住んでいるシェアハウスは、幼い僕を引き取って面倒を見てくれた人が所有している家だ。

 最初はその人と2人だけで住んでいたのだが、僕が寂しくないようにと数年前からシェアハウスとして住人を招き入れるようになり、今では6人で住んでいる。ちなみにだが僕以外は全員女性である。

 僕個人としては女性だけでは少し落ち着かないので、1人くらい男が居てもいいんじゃないかと思うが、同居人曰く、男性を住まわせると面倒ごとが起きやすいそうで、女性の方が安心できるそうだ。たしかに、男性と女性を一緒に住まわせると相沢さんのような女の子狙いで入居してくる人も多いと言われているのは事実なので、否定はできない。


 歩くこと約20分。自宅にたどり着く。

 高級住宅街にあることもあり、いつ見ても立派な家である。

 玄関へ向かいインターホンを押し、住人の返事を待つ。やがて女性の声で「はい」と短い応答があった。


「あ、真由美まゆみさん? 東雲しののめです。今帰りました」

「おかえりなさい。今鍵をお開けします」

「ありがとうございます」


 一応、自宅の鍵もちゃんと持ってはいる。

 しかしこのシェアハウスでは、僕以外が女性であることもあり、中に誰も居ない時以外は、必ずインターホンで呼びかけてから、鍵を開けてもらうようにしている。

 住んでいるのだから、そんなことをする必要ないのでと思われることが多いが、僕以外の住人が全員女性であるのでセキュリティ面をしっかりとしたい為にこのようにしている。

 実際問題、鍵を落としたりバックごと盗まれて鍵を紛失することは起きる。そうなると自宅に簡単に侵入されてしまうので、この方が効果的である。もちろん、中に人がいなければ鍵で入ることは出来てしまうが、リスクは大幅に減らすことができる。


 少し待っているとガチャと鍵が開く音がして、玄関から先ほどの女性が顔をだす。


「ただいま。真由美まゆみさん」

「ええ、おかえりなさい。亜希あきくん」


 僕が真由美さんと呼ぶ彼女がこの家の持ち主であり、僕の面倒を見てくれた女性、紫王しおう 真由美まゆみである。

 少したれ目の目元に眼鏡をかけ、腰に届くほどに髪を伸ばしている。年齢は30歳を超えているのだが、少し幼い容姿をしていることもあり、高校生と言われても納得はできる。ただ、高校生にはない大人びた雰囲気と妖艶さも兼ね備えているので、見た目以上に大人っぽくも見えるという不思議な人だ。


「さぁ、早く入ってください。もう夕食のご用意は出来ておりますから」

「うん」


 真由美さんは、慈愛に満ちた表情で優しく微笑み、家に招き入れてくれる。彼女の顔を見ると、家に帰ってきたと思え、心が安らぐ。

 玄関で靴を脱ぎ、真由美さんの後ろを歩きながら他の同居人について尋ねる。


「みんなも帰ってきてるんですか?」

朱音あかねさんはまだですが、その他の皆さんは帰宅しておりますよ」

「そっか、朱音さんはまだなんだ。今日、会ったけど遅くなるようなことは言ってなかったから、また開発に熱中しちゃってるんだろうね」

「あら、そうだったんですか。また亜希くんに無茶なテストに手伝わされたんじゃないですか?」


 そう言うと、真由美さんは振り返って僕の頬に優しく手を当てる。朱音さんのテストに付き合うと怪我をすることも少なくはない。だからまた怪我でもしたんじゃないかと心配しているのだろう。


「あはは、そんな心配しなくても大丈夫ですよ。朱音さんも怪我をさせるつもりでやっているわけではないですし、今日は……まぁ少し冷や汗をかきましたが、問題はなかったですよ」

「冷や汗……ですか?」

「(あ、しまった)」


 言ってから失敗したと思った。いつもならストレートに問題ないと伝えているのだが、久しぶりに朱音さんのテストに付き合わされたこともあり、言い切ることが出来なかった。

 真由美さんは、僕の頬に当てていた手を離して少し俯く。


「……そうですか。朱音さんが帰ったら、少しお仕置きが必要ですね……」

「ま、真由美さん? 僕は見ての通り傷一つないから大丈夫だからね! お仕置きなんてしなくていいからね!?」


 真由美さんは少し愛が重いタイプの人だ。男としてとかではなく、家族に向ける愛も重いのだ。だから、僕に対して危害を加えるような人物がいると普段落ち着きがあり、母性に満ちあふれている彼女が豹変する。

 中学生の頃に、電車に乗っている際に女性と間違われて痴漢をされたことがあった。その時は、周囲の人が犯人を取り押さえてくれたので直ぐに犯人は捕まえることができ無事解決した。しかし、帰ってからみんなに笑いながら話したら、その場にいた真由美さんが急に立ち上がり、キッチンへと向かった。何か取りに行ったのかと思ったが、次に戻ってきた時には、右手に包丁を握りしめており「犯人の方を殺してきますので、住所を教えてもらえますか?」と言ったので、その場にいた全員でなんとか阻止した。

 その時から、僕はあまり真由美さんに対して、危害を加えられたようなことは話さないようにと気をつけていた。


「そうですか? 私はしっかりとしておくべきかと思いますが……」

「だ、大丈夫だから! 朱音さんにはもう気をつけてねと言ってあるからさ。だから、真由美さんは何もしなくていいからね!?」

「亜希くんがそう言うならかまいませんが……」


 何とかすんなりと納得してくれた。


「(ふぅ……よかった……)」


 これで朱音さんへのお仕置きは避けられたと安堵しているとインターホンが鳴る。

 真由美さんは、僕に「先にダイニングへ行ってください」と声をかけ、廊下のドアを開けリビングにあるモニターの方へと向かう。

 無事、危機から乗り切った安堵からダイニングへ向かおうとするが足が止まる。


「(……あれ? 今帰って来てないのは朱音さんだけだよね……。とすると今インターホンを押したのは……いやいや。そんなピンポイントに朱音さんが帰ってくることはないだろう。今の出来事のせいで、敏感になっているだけだよな。きっとそうだ)」


 直前の出来事のせいで、考えすぎてしまっていると思い再び足を進めようとするが、開いているドアから真由美さんと外にいる人物の声が聞こえてくる。


「真由美さん、私だ。今帰ったからドアを開けてもらえるかね?」

「(あ、朱音さん!?)」

「……朱音さんですか。わかりました。今ドアを開けますね」


 残念ながら予想があたってしまった。インターホンを押した人物は朱音さんだった。

 真由美さんは、リビングから玄関へと向かうために、再び廊下へと出てくる。


「(いや、落ち着け! 真由美さんは、さっき「亜希くんがそう言うならかまいませんが……」と言ったじゃないか。そうだよ!だからもう怒ってはいないはずだよ!)」


 そう思い、廊下に出てきた真由美さんとすれ違いざまに表情を伺う。しかし、その希望は虚しくも外れ、彼女の表情は険しく、どことなく怒っているように見えた。


「ま、真由美さん! 怒ってないですよね!?」


 横を通り抜けようとする真由美さんの腕を慌てて掴む。

 彼女は、立ち止まってこちらの顔を見上げてくる。


「ええ、怒っておりませんのでご心配なさらず。先ほども言いましたが、お仕置きはしませんから」

「ほ、ほんとに?」

「ええ、亜希くんには噓はつきませんよ」


 真由美さんは僕に噓をつくことはしない。引き取ってくれた際にそのように約束をしてくれた。だから、本当にお仕置きはしないのだろう。

 その言葉に今度こそ安心する。掴んでいた彼女の腕を離した。


「そ、そうだよね。大丈夫だよね。よかった……」

「ええ、安心してください。お仕置きはしませんから。お仕置きは」

「え?」


 そう言うと真由美さんは、玄関の施錠を解除し、ドアを開けて出て行った。

 今の言い方に不安を覚える。そのまま廊下で真由美さんと朱音さんが入ってくるのを待つが、中々入ってこない。少し心配になり、玄関へと向かいドアを開けようとすると外側からドアが開いた。


「あ、真由美さん。朱音さん。何かありました?」

「いえ、何もありませんよ。少し朱音さんと外でお喋りをしていただけです。ね?朱音さん?」


 真由美さんは後ろにいる朱音さんに問いかけるが、朱音さんは恐怖にすくんでしまっているのか顔は青ざめたいた。


「朱音さん!? 大丈夫ですか? 顔色が……」

「だ、大丈夫だ少年。気にしないでくれ」

「ほんとですか……」

「亜希くん」

「?」

「朱音さんは大丈夫ですから、お気になさらずにダイニング行ってください」


 真由美さんは先ほどとは違い、表情には笑みが見える。


「でも……」

「大丈夫ですよ。この後に少々をさせてもらいますねとお伝えしただけですので、病気とかではありませんから」

「お、お話?」


 真由美さんの言葉に首を傾げる。だが、直ぐに気が付いた。

 彼女が言うお話というのは……


「はい。今日の亜希さんに冷や汗をかかせるようなことをした件についてお話するだけです。 ね? 朱音さん?」

「……はい……」

「(それはお説教と言いうので無いだろうか……)」

「ああ。安心してください。お仕置きはしませんから、お互いに向き合って話すだけです」


 やっぱりお説教だった。だから真由美さんはお仕置きしないと言ったのだった。


「お説教も別にしなくて良いんですが……」

「いえ、それはいけません。いくら亜希さんが許していても、こういうことはちゃんとしておかないといけませんから」


 こちらとしてはお説教も必要ないと思うのだが、真由美さんとしては、そうはいかなかったようだ。

「それじゃあ、行きましょうか? 朱音さん?」

「……はい。少年。私のことは気にしなくていいから、先にダイニングへと行きたまえ」

「わ、わかりました。真由美さん、あまり言いすぎないようにしてくださいね!」

「ええ、わかっております」


 そう言うと二人はリビングとは別の部屋に入っていく。その部屋はこのシェアハウスで唯一の和室となっている。どうやらお説教は和室でするようだ。


「(朱音さん! ごめんなさい!)」


 もうどうすることもできないので、心の中で朱音さんに謝り、皆が待っているダイニングへと向かった。

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いずれあなたの前に敵として現れるでしょう まれいぐま @848

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