1章:対策班の仕事②

僕たちが在籍するユスティーツ日本支部の一つである東京支部は、警視庁のビルの中に設置されている。警察と連携して動く以上は、同じビルの方が効率がよいと判断された為だ。

そもそもユスティーツは、各支部に在籍する人数自体が少ないので、新たにビルを建設したりする必要性が薄い。実際、東京という大都市であっても技術部などの裏方を集めても50人にも満たない。

これは、異能者自体の数がそれほど多くないことも関係している。

150年前の事変で異能に目覚めた人間が世界中に現れた。しかし、全人類が目覚めたわけではなく、異能者として管理登録されている人口は、全世界合わせても100万人にも満たない。地球の人口が80億人もいるのだから微々たるものだ。だからと言って無視できる数字ではないので、我々ユスティーツという組織が必要なのである。


東雲しののめ、戻りました」

相沢あいざわもでーす」

「うん。お帰りなさい」


ユスティーツのデスクに戻ると西園寺さいおんじさんが迎えてくれた。

彼女は、僕たちと違って異能者ではないが、東京支部のオペレーターを担当してくれている。オペレーターの仕事は、各捜査員からの連絡を受け取って報告をしたり、ユスティーツの各支部や各省庁などとの橋渡しも担当している。言わば、東京支部の顔となっている。


「ほら、コーヒー淹れておいたからゆっくりしてね」

「西園寺さん、ありがとうございます」

瑠香るかちゃんありがと~。いや~瑠香るかちゃんだけがこの支部の癒しだよ……」

「ふふっ。ありがとうございます。でも、他にも女性はいるんですから、そんなこと言ってはダメですよ? じゃあ、私。これから橘さんと検察庁の方へ行ってきますので、お留守番よろしく頼みますね?」


彼女は微笑み手を振りながら、去っていった。

ほんと西園寺さんは優しくて、東京支部の女神だ。

ちなみにだが、相沢さんが言った瑠香るかという名前は、西園寺さんの下の名前だ。

相沢さんがうっとりした表情で西園寺さんが出ていった方を見ている。


「……やっぱいいよな~。西園寺さん。きっと彼氏もいるだろうな~」

「だろうね。ほら、さっさと隊長に報告を済ませて、西園寺さんが淹れてくいれたコーヒーを飲もうよ。」

「ああ、わかってるよ。亜希もあのくらいの優しさがあると良いんだけどな~」

「……バカなこと言っているとまた蹴りますよ?」

「ひっ!」


彼は両手で大事な場所を押さえる。

まったく懲りない男だ。

そんなことを考えながら、隊長の座るデスクまで行き、座って鼻毛を切っている冴えない男性に話しかけ、今回の事件の報告を行う。


「月島隊長。無事、指名手配されていた容疑者を確保し、警察へと引き渡しました。逃走の際に容疑者と接触するなどで、転倒しての怪我にも何名かおりますが、全員軽傷とのことです」


この男性が東京支部における異能者対策班の隊長を務める月島つきしま 源吾げんご隊長だ。

冴えない中年に見えるが頭もキレ、ユスティーツの組織内でも有名な人物である。

しかし、普段はやる気があまりないのか、適当に過ごしているので副隊長にしょっちゅう𠮟られている場面を見る。

ちなみにだが、副隊長というのは、先ほど西園寺さんが名前を出していた橘という人物であるが、紹介は別の機会とする。


「そうか。よくやった。2人とも」

「「ありがとうございます」」

「それじゃあ、あとで適当に報告書を上げてくれればいいからさ。西園寺ちゃんが淹れたコーヒーでも飲んで一息つきないよ」

「「はい」」


◇◇


西園寺さんが淹れてくれたコーヒーを手に持ち、自分の席に戻る。

引き出しからノートPCを取り出し、報告書の作成に取り掛かる。

隊長はあとで報告をすれば良いと言っていたが、後回しにすると副隊長に怒られるので、早めにやってしまいたい。


「おいおい、帰ってきたばかりなんだから、報告書なんて後にしろよ」


相沢さんがコーヒーを飲みながらデスクに座る。

彼のデスクは、僕の正面にあるので、向かい合わせになっている。


「隊長はああ言いましたけど、やらないとたちばな副隊長に怒られますから」


橘副隊長の名前を出すと、彼は苦虫を嚙み潰したような顔をする。


「……そんなに嫌な顔しなくてもいいんじゃない?」

「だって俺、副隊長のこと苦手なんだよね~」

「相沢さん。女の子大好きなのに以外ですよね?」

「バーカ。女の子が好きでも誰でもいいわけじゃないんだよ! あ~あ……橘さんが、西園寺さんみたいに優しかったらなぁ~……。そしたら絶対にアタックするのに」


相沢さんは頬杖をつきながら、ぶつぶつと言う。

今のご時世に聞かれたらセクハラにでも該当して訴えられんじゃないかと思う。

相沢さんに呆れながら、報告書の作成に取り掛かろうとすると、とある人物が目に入った。


「顔はいいんだからさ。後はあの性格が何とかなればな~……。亜希もそう思うだろ? 」


相沢さんが同意を求めてくるが、今は絶対に下手なことは言えない。


「いや、僕は橘副隊長のことを尊敬しているし、女性としても素晴らしい人物だと思っているよ。それに優しいし魅力的な女性だよね!」

「? 珍しいな亜希がそんなことを言うなんて。自分の方が可愛いからって女性に興味なさそうだから、今までそんなに褒めることなんてないのに」


また女の子扱いされるが、今はそれどころではない。

如何に自分に火の粉が降りかからないようにするかが重要だ。

でないと死が待っている。


「そ、そんなことないよ~。橘副隊長も西園寺さんも本当に綺麗で優しくて素晴らしい女性だって思っているよ! さてと! 僕は報告書を作るから話しかけないでね! あと相沢さんもその辺にして、仕事しようね!」


必死に言葉を取り繕い、話を終わらせる。

その様子に彼は不思議そうに首を傾げる。


「……ほんとどうしたんだよ? 別に今この部屋には俺たち以外には隊長しかいないんだから問題ないだろ? 現に隊長だって、サボっているし……あれ? 仕事しているだと……」


相沢さんが隊長の方を見ると、隊長は真面目に仕事をしていた。

そんなの当たり前だ。だって、今この場には隊長以外にも


「仕事するのは当たり前だろ? 相沢」

「!?」


相沢さんは肩に手を置かれながら、声をかけられる。

もう彼は逃げられない。


「相沢。楽しそうな話をしていたな。私も混ぜてもらえるか?」

「……い……いや~……。そんなことないですよ。たちばな 紫苑しおん副隊長様」


今、相沢さんの肩に手を置いている女性こそ、たちばな 紫苑しおん副隊長だ。

メガネをかけ、髪の毛は肩まで下しており、見た目は、まさに仕事ができるキャリアウーマンだ。組織内だけでなく、警察庁内でも美人で有名であり、ファンが多いと聞く。とくに女性職員に大人気だそうだ。

東京支部内対策班の副隊長を務めており、月島隊長より隊長らしく見える。

彼女がいるから、東京支部は回っていると言われてもいるらしい。


「なんだ。部下と会話したいだけなんだが、そんなに嫌か私と話すのが?」

「い、いえ。そんなことはありません。 ただ、そろそろ仕事に戻ろうかと思いまして……。それに橘副隊長様も西園寺さんと検察庁に用事があるのではないでしょうか……?」

「ああ、そうだ。ただ、忘れ物をしてしまってな。取りに戻ったんだ。こんな私でも忘れ物はしてしまうんだよ。どうだ? 可愛いだろ?」

「…………」


怖い。怖すぎる。

こちらが怒られているわけではないのに、震えが止まらない。

まるで、首元にずっとナイフを充てられるているような気がする。

僕は無関係ですよ言わんばかりに報告書に集中する。

相沢さんと会話していた以上、こちらにまで被害が及ぶ可能性が高い。

何としても相沢さんだけを犯人にしなければいけない。


「東雲もそう思わないか?」

「!?」


しかし、ダメだったようだ

話を振られて混乱する。


「(どうする!? どうすればいいんだ! ……予想だが「はい!可愛いと思います」と言ってもアウトだ。 橘副隊長はそういうことを言う男はいけ好かないと普段言っている。だから、ただ同意するのはダメだ。相沢さんと同じになってしまう。何とかして、無難にのりきらなくてはいけない!)」

「どうした? 東雲? お前はどう思う?」

「そ、そうですね」

「(頑張れ!頑張るんだ! 僕ならやれるはずだ!)」


自分を鼓舞する。

一世一代の大博打だ。

ノートPCの画面から目を離し、橘副隊長を見る。

橘副隊長は、天使のようにも悪魔にも見える笑顔だった。


「……はい。僕もそう思います」

「……そうか……お前もか……なら……」

「ですが! 」

「?」

「ですが、橘副隊長のいい所ではありません。橘副隊長は、僕の憧れであり理想の女性であります。僕も橘副隊長のように仕事ができるようになり、そして周囲からも尊敬されるような素晴らしい人間になりたいと思っております! ですから、忘れ物をしたことをチャームポイントと思うことはしたくありません!! もっと素晴らしいことで橘副隊長の良さを感じたいであります!」


我ながらよくやった。もうこれ以上できることはない。これでダメなら諦めよう。

そう思い、死刑宣告を待つ。


「……そうか。そうだな。私も間違っていたよ」

「え?」


しかし、死刑宣告はなかった。


「東雲の言う通りだな。ミスをチャームポイントにするのは良くないな。魅力に思ってもらうなら、いい所の方がいいからな。悪かった東雲。仕事に戻っていいぞ」

「……! ありがとうございます! 東雲! 報告書作成に戻ります!」

「ああ、頑張ってくれ」


無事に乗り切ることができた。これで死刑宣告は回避された。もう悔いはない。もう十分だ。家に帰って寝よう。


「……そうですよ! 亜希の言う通りですよ! 副隊長! 副隊長は綺麗で可愛いしい部分もありますが、ミスをチャームポイントにはできません!」

「そうか」


相沢さんもこのビックウェーブに乗り遅れるなと言わんばかりに、こちらの意見に便乗する。


「ええ! そうですよ! じゃあ、俺も報告書作成があるので、仕事に戻りますね! 副隊長もほら、検察庁に行かないといけないんですから、行ってください!」

「ああ、そうだな。待たせている西園寺にも悪いからな、そろそろ行くとするよ」

「はい! 行ってらっしゃいませ!」


橘副隊長は、相沢さんの方から手をどけて、出口の方へと向かう。

その様子を見て、相沢さんは安堵したように一息をつく。


「ああ、そうだ。相沢?」

「な、何でしょうか!?」


しかし、出口のドアのところで橘副隊長は止まり、振り返らずに相沢さんに声をかける。


「検察庁から戻ったら、後で私のところへ来い。ゆっくりと会話してやる。いいな?」

「……了解しました……」


死刑宣告をした橘副隊長は今度こそ出て行った。

正面の相沢さんは、真っ白になり魂が口から抜け出そうとしていた。













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