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『ヒットマン・シマ。お前に頼みがある。』別の世界に意識ごと飛ばされた彼は、まずこちらの世界の第一声として、その言葉を聴いた。


『ヒットマン・シマ?俺が?』という疑問もあったが、逡巡の間もなく彼は、言葉を返していた。


『人命救助は骨が折れる。存分に報酬は弾んでもらうぞ。』と島野助之進は言っていた。ここはどこだ?それもわからないのに、見事に状況を把握した素振りで言葉を吐き出している。自分の存在に対して疑問を持った。


なにせ、自分がいる場所は暗い洋館の一室。真っ黒なサングラスで目を隠し、顔には大きな切り傷の古あざがある男が部屋の真ん中のゆったりとしたソファに腰をかけ、他のものは物々しい表情で彼を囲みみな立っている。


『シマさん。これが、見取り図っす。ではよろしくお願いいたします。』と配下とみられる男が進み出て何やらある施設の平面図を差し渡す。それによれば、建物最奥の部分に回収すべきこの座っている男の愛娘がいるようだ。彼女は身体を蹂躙され、痛めつけられているだろう。そのことがわかるということは、つまり…。


『堅気ではないのか!!?』と島野助之進は合点がいった。もちろんこのセリフは脳内でつぶやいた。顔は平然としている。冷静を装い、涼しい顔をしている。自らの姿をさりげなく確認すると、黒ずくめの燕尾服を着て、髪を長くしている。まるで、ジ〇ン・ウ〇ッ〇のように。大丈夫か、これ。


やがて、気が付くと島野助之進はロールスロイスに乗せられ、敵のアジトの付近で降ろされた。『よろしくお願いいたします。』と舎弟とみられる男に言われる。彼はオールバックをしている。目元にクマがあり、薬物を常習しているのがわかる。


『行ってくる。』と言い、車を後にした島野助之進は、ずかずかと目の前にある階段を上った。この先に、巨大な城のような研究施設がある。門扉の前にいる、眼付きの悪い白ずくめの男が、こちらを訝しげな表情で伺い、トランシーバーに声を吹き込んだ。


『めちゃくちゃ目立つじゃねえか…。』と島野助之進はつぶやいた。どうやら、イメージカラーは白のようだ。ただ一つのウイルスとしてここに潜入する自らの身の危険が危ぶまれる。しかし、彼はもはや後戻りはしない。

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