第2話 完璧美少女の胸の内は、想像以上にすきだらけ

(好き)


 めちゃめちゃ燎のことを考えていた。

 なんなら燎のことしか考えていなかった。不純物など一切なく現在頭の中は燎のことだけだった。燎一色だった。多分三倍役満くらいあった。


 先ほど燎から言われた『かわいい』という言葉に内心小躍りしそうになるのを我慢し、気がつくとにやけそうになる口元を鋼の意志で抑え込みつつ──天瀬ほたるは、隣を歩く幼馴染に意識を向ける。

 夏代燎。小学校低学年の頃に知り合って、そこからずっと一緒の男の子。幼馴染、という単語の定義には十分当てはまっているだろう。


 小さい頃……今とは違って、自分に自信がなくて引っ込み思案だった頃から声をかけてくれて。そこから成長を見守ってくれて、明るく励ましてくれて、一緒に居て構ってくれた。今自分が周りから完璧美少女と呼ばれているのも、八割以上彼の功績だと本気で思っている。

 そして──そんな男の子、好きにならないほうがおかしいだろう。


 かくして、ほたるは彼に対して絶賛片想いを募らせ中である。

 基本不満はない。彼を好きでいること自体が楽しいし、燎も自分と一緒に居てくれる。仲の良い幼馴染として多くの時間を過ごしてくれている。



 そう、不満はない。

 ──自分の想いが一切彼に伝わる気配がないという一点を除いて。



(なんでかなぁ!? おっかしいなー!)


 再度、ほたるは心中でそう軽く叫んだ。


(わたし、自分で言うのも何だけどすっごい美少女だと思うんだけどなぁ!? あらゆる方面でパーフェクトだと思うし美人だしスタイルも良いし、何より燎のことが大好きでそれとなく距離詰めて美少女あざとスマイルと甘い声で伝えてるんだけどなー!)


 この内心でほたるの性格の一端がそれとなく分かったとは思うが、それはさておき彼女の心中語りは続く。


(あれかな、足りないのかな! それこそ創作の幼馴染みたいに朝起こしに行ったりご飯作ったりした方が良いの!? でも燎ってそういうわたしだけに負担集中するの嫌がるし、わたしのこと第一に考えるからなぁそういうとこも大好き!)


 そろそろ止まらなくなりそうなのでこのあたりで話を進める。

 彼女の言葉の中にあった『燎のことが大好きでそれを伝えている』というのは、言うまでもなく先ほど彼に『好き』と伝えた一幕である。

 対して彼は素直に笑って『ありがと!』と言った。いや好意を伝えられて喜んでいるのは伝わるしその顔も可愛いのだがそれはそれとして、


(もうちょっとこう、照れるとかどぎまぎするとかあっても良くない!? 少なくともわたしは君にかわいいって言われて心臓が爆発しそうなんですが!? き、聞かせてやろうか!)


 そんな度胸まではないものの勢いでそう考えつつ。

 ……一応、燎の反応が薄い理由は推測がつく。完全に親愛の表現だと思っているのだろう。そして、そう考える原因も心当たりがある。

 彼がちょいちょい口にしている、『釣り合っていない』という表現。中学の時から自分に釣り合うため努力を重ね、それでも彼の中ではまだ釣り合っていないと思っていることは知っている。


 だが。

 以上を踏まえた上で、言わせてほしい。

 改めて、彼女は隣を歩く燎を。


 ──成績トップで学年一位の経験もあり、スポーツも万能で中学時は運動部に引っ張りだこ、外見も清潔感があり明るく話し上手で友人が多く、さりげない気遣いもできて超絶努力家で驕らない夏代燎を見て。




(──そこまでになって釣り合わないって何!?)




 ほたるは、内心今日一番の大声でそう叫んだ。


(何に釣り合わないの!? わたし!? わたしのことどれだけ過大評価してるの!?)



 勉強に関しては、学年一位常連のほたるほどではないらしい。


(そこまで行ったらもう誤差でしょ!? 一緒に勉強会できて楽しかったよ!)


 運動に関しては、男女で比べるようなものではないのでほたるの方がすごいらしい。


(判定が! ガバい! もう燎審判だと絶対わたしが勝つでしょ誰か公平な第三者!)


 一緒に歩いていてもほたるに視線が集まるらしい。


(それ勘違い! 絶対半分くらいは燎を見てるから! いつ女の子に声かけられないかわたしはいっつもひやひやしてますがー!?)


 と、これまで燎からちょくちょく聞いていた燎とほたるに対する評価にひとしきり突っ込みをかましたのち。



(もう十分だよ釣り合いまくってるよ天秤微動だにしてないよ──だからあとは想いに気づくだけだよ!!)



 そう、締めくくった。

 ──なお、この内心の整理は全てクラスメイトと談笑しながら超高速で行われている。彼女ほどになればこの程度の並列思考はお手のものである。


(……とは言え)


 その上で、一旦落ち着いてからほたるは改めて考える。

 色々言ったが、燎を責める気持ちは欠片もない。そもそも燎がこれほど努力をしたのは、ほたるに釣り合うため──中学の時の心無い声を聞いて、もうそんなことを言われないために。つまり、ほたるの隣に居るために頑張ってくれたことは知っているのだから。


(……わぁ~~~~好き。ていうか燎わたしのこと大好きじゃん、もう両想いってことでいいんじゃないかなぁいいよねだめか、まだちょっとだめかも!)


 それを再確認してまた口元がにやけて想いが溢れそうになるのを鍛え抜いたメンタルコントロール術で抑え込む。


 ともかく、燎を責めるつもりはない。それに──言うだけ言って何もしないのは天瀬ほたるでは……あの日燎に救われて、自分でそうなりたいと思った理想の自分の姿ではないから。

 だから、改善したい点が見つかったのなら、あとは行動あるのみだ。


(問題は何にしても、燎がこっちを意識してくれないことに尽きるよね。じゃあ──)


 そう、それならやることは単純だ。


(──もっと攻める。ちゃんとわたしのことを女の子として見てもらえるまでいろんな手を使って攻めまくる! ぜったい、こっちのことを意識させてやるんだから!)


 そう結論づけ、ほたるは意思表示をするようにぐっと拳を握る。


(ふんっ!)

「わ」


 と、そこで驚いた声。

 隣の燎が少しだけ目を見開いてこちらを見てきていた。どうやら見られてしまっていたらしい。


「どしたのほたる? なんかすごい気合い入れてるっぽいポーズしたけど」


 少々恥ずかしく思いつつもそれを表には出さず、ほたるは早速決意を実践すべく美少女スマイル、幼馴染にだけ向ける甘めバージョンの美麗な微笑みで。


「んー? 今日も一日頑張ろーって思っただけ」

「何それかわいい──って言うのはちょっと良くないか。うん、えらい!」


(!? いや良くないことはないっていうか全然いいけど、もっと無限にかわいいって言って欲しいけど!? ていうかこういう小さなことでも普通に笑って褒めてくれる君がかわいい! 好き! わ────!!)


 そのまま秒殺で冷静さを乱され、また表に出さないように全力を傾ける羽目になるのだった。




 これは、そんなお話。

 幼馴染の隣に立つために頑張ったら無自覚に頑張りすぎてしまった少年と、そんな彼がこれも無自覚に引いている一線を何とか取り払おうと奮闘する少女のお話。


 彼女が、幼馴染に振り向いて欲しくて自信を持って様々なアプローチを仕掛けるものの大体返り討ちにされて──

 ──そして、ときどき成果を上げる話、かもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2025年12月28日 19:07
2025年12月29日 19:07
2025年12月30日 19:07

幼馴染に釣り合わないらしいので本気出してみた。 みわもひ @miwamohi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画