幼馴染に釣り合わないらしいので本気出してみた。
みわもひ
第1話 幼馴染に釣り合ってないらしい。ならばやることは一つである。
「釣り合ってないんだよ。お前は、天瀬さんに」
燎には、
幼馴染の贔屓目抜きに見ても、大変可憐な女の子だ。活発な輝きを宿した暖色の瞳や、太陽を内包しているのかと思うほどに明るく艶めく髪、可愛らしさと綺麗さを余すところなく両立した顔立ち、何もかもが文句のつけようがないほどの美少女。
加えて性格も外見通り明るく、誰に対しても気さくで親しみやすくて男女問わず友人がたくさんおり。勉強も学年トップで運動も個人競技団体競技拘らず大活躍。
まさしく完璧超人。学校一の美少女との称号に異を差し挟む者は誰もいないほどの、全てにおいてパーフェクトな女の子であり。
……そんな彼女を幼馴染に持つ燎には、同然の如く主に男子生徒からの嫉妬ややっかみが数多く向けられていて。
今回の出来事も、よくあるその一環──と、なるはずであった。
呼び出した男子生徒は宣言ののち、燎の前で語る。
ほたるがいかに素晴らしい女の子か。どれほど優れていて、どれほど皆の羨望を集めているか、憧れている人間がどれだけ多いか。燎もよく知っているほたるの魅力を、これでもかと語ったのち。
「……それに対して、お前はなんなんだよ」
燎を睨みつけて、そう告げる。
「勉強もパッとしない、部活のエースでもない。飛び抜けて格好良いわけでもないお前が! ただ幼馴染だからって理由だけでなんで天瀬さんの傍に居られるんだよ!」
「……」
「何にも釣り合ってないお前なんかに縛られて、天瀬さんが可哀想だ。身の程知らずだとは思わないのか! 俺……お前以外の全員、そう思ってるからな!」
自分こそがその『全員』の代弁者だと疑わない声で。決して個人的な意見ではなく、言いたくても言えない奴らの代わりに自分が言ってやっているんだとばかりに。
そう言い切った少年に対して……燎は、しばしの沈黙ののち。
「……そうだね。その通りだと思う」
「そうだろ! 分かったならさっさと天瀬さんから離れ──」
「じゃあ」
こう、告げる。
「
「……は?」
言われた男子生徒は、一瞬何を言われているか分からず呆けた声を上げ。
そんな彼に対し、燎は続けて。
「うん、言ってくれてありがとう。確かに君の言う通りだ。立場に甘えてちゃダメだよな。あんなすごい人と幼馴染なんて幸運な立ち位置にいるんだから、俺もそれに恥じないよう頑張らないといけない。そういうことだよな!」
「いや、ちょっ、待っ、ちが」
「よーしなら善は急げだ! まずは勉強からかな! とりあえず一旦学年一位目指すわ! そういうわけだから俺はこれで! じゃあまた明日っ!」
「いやおい、なんでそうなるっ、お前が天瀬さんから離れればそれで済む話だろっ、て話を聞けおい──!」
そのまま、挨拶をして燎は立ち去る。
背後で何かしらの叫び声が引き続き聞こえていたが、やるべきことを見つけてこの先に集中している燎の耳には一切入らず、無自覚にガン無視しての全力ダッシュでその場を後にするのだった。
……ちなみに、この時の燎は割と本気で感銘を受けていた。
(……うん。彼の言う通りだ)
甘えていた、と自分を戒める。
ほたるは、本当にすごい女の子だ。見目麗しく文武両道で、性格も明るく元気で自然と周りを活気づける太陽のような存在。
そんな彼女の幼馴染であることで、自分も多少は上等な存在であるかのように……微かでも、無意識に思ってしまっていたのかもしれない。
けれど、そうではない。偉いのはほたるであってお前ではない。
それに、何より。
──
そんなことは許されない。そんなことがあれば、ほたる自身の格も下がってしまう。
それは、嫌だと思った。
ほたるが大したことない人間だと思われるのは絶対に嫌だ。そして、自分が彼女の幼馴染であるという事実も、なかったことにはできないししたくない。
ならば、自分が頑張るしかない。
……彼女と釣り合う、なんて大それたことまでは言えないけれど。
せめて、一緒に居ても許されるくらいには。すごい自分に、なりたいと思った。
そのためなら頑張れると、頑張りたいと思ったのだ。
「よーし、やるかぁ!」
そんな意思と宣言と共に。燎はその日から全力の努力を開始して──
◆
その、約二年後。高校一年の春。
「よし! 今日も俺、完璧!」
まだ新しさの残る高校制服に身を包んだ夏代燎が、姿見の前で身だしなみを確認し、大変元気な声をあげた。
そんな彼の容姿は……自己評価にはなるが、自信のなさが表れ始めていた二年前と比べれば、幾分かましになったのではないかと思う。
あの日から、宣言通り。燎はひたすらに頑張った。
勉強も運動も、身だしなみもコミュニケーションも。それ以外の色んなことも、全部に本気で頑張ってみた。
きっと、それくらいじゃないとほたるの横には並べないと思ったから。
勉強はあの日言った通り、死に物狂いで努力した結果とりあえず中三に学年一位を取った。
運動も、毎日鍛え上げたのでどんなことでもそれなりにできるようになった。無論本職運動部には敵わないが、とりあえずあの日燎に『釣り合わない』と言ってきた男子生徒を始めとした嫉妬を全面に出してくる人たち全員に勝てるくらいにはなった。
容姿も気を遣った結果人に見られることも少しは増えた気がするし、クラスメイトともほたる関連で明確な敵意を持った人以外とは割と仲良く話せるようになった気がする。
総合して。あの時と比べれば、多少優れた奴くらいにはなれたのではと思う。
……まぁ、とは言え。
(……これでほたるに釣り合ってるか、って言われると全然そんなことはないんだけど)
そう心中で呟いて、だからもっと頑張らなければと決意を新たにする。
そこで──ぴんぽん、とマンションの呼び鈴が鳴った。
遠方の高校に通っている関係上現在燎は一人暮らしをしているため、必然的に出るのも燎になる。まぁ、仮にそうでなかったとしても自分が出ていただろうが。
何故なら、この時間に自分の家を訪れる人は、昔から決まっているから。
その確信のもと、扉を開けて……
「──おはよっ、燎!」
その瞬間。明るく可憐な声と共に、世界そのものが華やいだような錯覚に陥った。
扉の間から上目遣いでこちらを見上げてくるのは、まさしく太陽のような美少女。明るい髪と瞳の色に加えて、節々の仕草からは小動物的な愛らしさを漂わせつつ、可憐でありながら端正な顔立ちや抜群のスタイルからは息を呑むような美しさも持ち合わせている。
可愛いも綺麗も、どちらも十二分以上に持っているような。道行く人全員が振り返るようなこの女の子こそ、天瀬ほたる。夏代燎の幼馴染である。
そんな彼女のいつも通りの明るさと愛らしさに、燎も笑顔と挨拶を返す。
「おはよ、ほたる」
「ん! もうすぐ学校行くけど準備できてる?」
「言うまでもありませんな! 見たまえ今日も完璧な俺の姿を!」
「あはっ、相変わらずだねー。じゃ行こっか!」
そのままほたるに促される形で家を出て、二人並んで通学路に。通学中の会話に花を咲かせる。
「でも、ほんといつでもわたしが来る時には準備万端だよね燎って」
「そりゃ待たせるのも悪いし。何より、いつだって完璧な自分を見せたいからね!」
「たまには隙も見せたほうが親しみやすいと思うよ? でも……確かにより良い自分を見せたいってのは分かるかも。──あ、じゃあさ」
そこでほたるが、何かを思いついた様子で前に出ると、燎の方を振り返り。
「──今日のわたしはどうかな? 完璧?」
くるりと一つ回って、いたずらっぽく。加えて少しだけ何かを期待するような表情で、こちらに問いかけてくる。
スカートが軽くふわりと持ち上がり、長く艶やかな髪が空中に舞って、一枚の絵画のように美しい光景が目の前で展開される。
その上での可愛らしい表情での問いかけには、もちろん答えを迷う必要などなく。
「完璧! あ、あと」
そう答えたのち、同時に気がついたことをこう告げる。
「髪飾り、ひょっとして新しいのに変えた?」
その答えに、気づいてくれた、と喜ぶようにほたるは顔をぱっと輝かせて。
「うん! そうなんだ、先週の休みにすっごい良いの見つけてね! 似合うかなって思って今日からつけてみたの! どうどう? 似合ってる?」
続けてのその問いかけに対しても、燎は迷わず。
「めっちゃ似合ってる! かわいい!」
もちろん本心からの感想で、そう告げる。
こういう感想を直接伝えるのは、高校生男子としては恥ずかしいものなのかもしれないが……この手のことは素直に伝えたほうが絶対に良いと学んだので、ちゃんと伝えるようにしているのだ。これも、より良い自分になりたいと頑張った二年間の努力の結果だ。
「結構大人っぽいデザインだと思うけど、全然違和感ないし映えてるね。いつもかわいいけど今日はもっとかわいい! 流石ほたる!」
「……あはっ、ありがと、嬉しい!」
そして、彼女もそう言葉通り本心から嬉しそうに返す。
とは言え、変に恥ずかしがったり照れたりはしない。それはそうだろう、このくらいの言葉、パーフェクト美少女であるほたるは無限に言われ慣れているのだ。
それに、そんな事情があってもちゃんとこうやってすごく喜んでくれるのだから、言うことを惜しむつもりはないし、言い甲斐があるというものだ。
そう考える燎に、ほたるが続けてこんなことを言ってきた。
「燎って、こういうとこにはちゃんと気づいてくれるよね。流石」
「いやいや、これくらいは」
対する燎は苦笑気味に告げる。
そも、『女の子の外見の変化に気付く』というのは親しい相手への対人関係において定石も定石だろう。基本の基、いろはのい、将棋で言うなら7六歩である。将棋よく知らないが多分そんな感じだろう。
「それに、他の人ならまだしもほたるだよ? 毎日顔合わせてるんだから、気付くのが普通だって」
「それを普通って思ってくれるのが君の良いとこだよ。ちゃんと言葉にもしてくれるし。……うん」
そこで、ほたるは横に並んだままこちらを見て。
くすりとどこか色っぽく笑うと、甘く囁くように一言。
「──そういうとこ、好きだよ?」
その言葉に対し──
「ん、ありがと!」
燎も、いつも通りの笑顔で返す。
勘違いしてはいけない。褒め言葉を素直に言う燎を見習ってかは知らないが……ほたるは結構『好き』という言葉を気軽に使う傾向がある。実際、燎以外の人間にその言葉を伝えているのも何度か見たことがあるのだ。
故に、その『好き』に込められているものはラブではなくライク。純度百パーセントのライクだろう。恋愛的な意味を無理に見出そうとするのはナンセンスである。
(……だよな。まだ全然俺は、ほたるに釣り合えてないんだし)
別に釣り合ったらどうこうと思っているわけでもないが、それでも戒めとして心中でそう改めて呟きつつ。
それでも、種類はどうあれほたるのような超絶美少女に好意を向けられるのはめちゃくちゃ嬉しいので、その部分は素直に喜んで表にも出しつつ、引き続き彼女と雑談を続けるのだった。
その辺りで、二人が通う高校の近くに差し掛かり。ぽつぽつと同じ制服を着ている人の姿も増えてきた。
そして……その生徒の決して少ない人数が、こちらに注目しており。ところどころ好奇の雰囲気で何事か囁きあっている生徒たちもいる。
そんな光景を周辺視野に収めつつ、改めて燎は思う。
(……いやー、流石ほたる。今日も注目されてるなぁ)
中学でも学校一の美少女だったほたるはこの通り、高校でも入学一月未満にも拘らず既に噂の美少女として注目を集めまくっている。
そして、こちらを見る生徒たちの中には……クラスメイトをはじめとした交友のある生徒も当然存在していて。
見かけたら声をかけられるのも、自然な流れであろう。
「天瀬さん、おはよう!」
「おはよーほたる。相変わらず輝きすごいね、目の保養すぎるって」
「あ、おはよみんな! あはは、ならよかった!」
ほたるの級友の女子生徒たちが彼女に声をかけ、合流し談笑しながら教室に向かう。同時に反対方向からは。
「おー夏代、おはようさん」
「今日も天瀬さんと登校か羨ましいぞこの野郎!」
「おはよ。今日も全力で幸運を噛み締めてる!」
燎の方にも、気さくで気の良いクラスメイトの男子生徒たちが声をかけてきて。そのままそれなりの大所帯で自分たちのクラスへと向かうのだった。
これが、高校生になった燎とほたるのいつもの光景。
二人の関係は、ただの幼馴染。それなりに交流は深いが、別に四六時中二人だけでいるわけではなく、不適切なほど距離が近いわけでもない。
それでいい、と思う。それ以上を考えるのは身の程知らずだろう。
二年間頑張って、それなりに真っ当な奴にはなれて。ほたると幼馴染をやっててもなんとか許されるくらいにはなれたと思うけれど。
それでも、きっと釣り合うにはまるで足りていないのだから。
ちらり、とほたるの方を一瞬見やる。
クラスメイトの女子生徒たちと談笑する彼女の姿は、とても楽しそうで。同時にそんな様子もあまりに絵になるくらい完璧な美少女の姿で。
その姿に……何をするにも二人一緒だった昔を知る身としては、一抹の寂しさを感じないでもないけれど。
でも、繰り返すがそれでいい。こうして自然な流れとして、彼女の中での燎が占める割合はちょっとずつ少なくなっていくのだろう。なくなることはないと信じたいが、もしそうなったらそれはそれで仕方ない。釣り合えない自分が悪いのだ。
ふと、益体もない考えが浮かぶ。
(……ほたるは今、何考えてるのかな)
クラスメイトのことだろうか。それとも今日の授業のことだろうか。
いずれにせよ、燎に関連することが占める割合はとても少ない──
◆
(……わ~~~~~っ! かわいいって! かわいいって言ってくれた! 好き! 燎好き! 大好き! ……ってちゃんと伝えたんだけど反応薄いなぁ! なんでかなぁ!?)
──なんてことは全然なかったのである。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
こんな感じの幼馴染純愛もの。以前途中までだった作品をしっかり改良しました!
一部キャラを変更、ラブコメ要素も更に強化して全編通して楽しめる出来になっていると思います!
更新予定欄を見ていただければ分かる通り、今度は一章分全て書き溜めております。今のところ一章終わりまでは毎日更新で行く予定なので、ぜひ楽しんでいただけると嬉しいです……!
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