終章 潮の向こうへ


島の高台に、三つの墓が並んでいた。


その前に立つ舜賢の頭には、白い包帯が巻かれている。

右目を覆う布は、風に触れてわずかに揺れた。

視界は狭い。だが、立ち方は崩れていなかった。


真里まり

安仁屋徳次郎あにやとくじろう

越中義典えっちゅうぎてん


掘り返されたばかりの土はまだ黒く、風に晒されていた。

名を刻んだ木札が、わずかに揺れている。


その前に、人々が立っていた。


真鶴。

覚心。

金蔵。

鍬を手にした農民たち。


誰も言葉を発さない。

だが、背を丸めてはいなかった。


舜賢は墓の前に立ち、隣に寛賀がいた。

寛賀は、徳次郎の名をじっと見つめている。

声には出さない。

だが、その小さな拳は固く握られていた。


風が吹いた。

潮の匂いが、島を包む。


真鶴が一歩前に出た。

布に包んだものを解き、舜賢へ差し出す。


さいだった。

隔離場で奪われていたものだ。


舜賢は無言で受け取り、深く頭を下げた。

それ以上の言葉は要らなかった。


「島中の屍者は、減ってきている」


真鶴が言う。


「鍬と知恵で、どうにかなる」

「全部は無理だ。でも、奪われるだけの島じゃなくなった」


覚心が鼻で息を吐いた。


「生き残った連中は、しぶとい」


金蔵は頷くだけだった。


舜賢は、三つの墓を見た。

そして、寛賀かんがを見る。


「行くか」


短い言葉だった。


寛賀は一瞬だけ迷い、それから強く頷いた。


父は明にいる。

生きているかもしれない。

それだけで、進む理由は十分だった。


浜辺に、小さな舟があった。

二人が乗り込む。


岸には、真鶴たちが立っている。

引き留める者はいない。


舟が漕ぎ出す。

波が、静かに船腹を打つ。


舜賢は振り返らなかった。

寛賀も、もう泣かなかった。


やがて舟は小さくなり、

潮と空の境に溶けていく。


島には、風の音が残った。

遠くで、誰かが口ずさむ唄が聞こえた気がした。


この島の民は、多くが倒れた。


浜辺に、残った者たちが立っている。


真鶴は腕を組み、潮の向こうを見つめている。

覚心は黙ったまま、帽子の縁を押さえた。

金造は何も言わず、ただ一度だけ頷いた。

鍬を手にした農民たちは、誰に言われるでもなく並び、静かに舟を見送っている。


引き留める声はない。

背を向ける者もいない。


それでも――

島は、生きている。


人の手の中で。

受け継がれた想いの中で。


武も、生も、

まだ終わってはいない。


潮は、今日も向こうへ流れていく。




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ウチナー・オブ・ザ・デッド弍 小柳こてつ @KK_097

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