第4話 「配信が扉になる理由」

教室のカーテンが、風もないのに揺れた。


「……まず、ここから話す」


鷹宮颯斗はそう言って、窓際の机に腰掛けた。

あかりとれいなは向かい合う形で座り、スマホを伏せて置く。


「配信は、ただの映像じゃない」


鷹宮は淡々と続ける。


「誰かが“見る”。

 それも一人じゃなく、何百、何千の意識が同時に向けられる。

 その集中が、現実を歪める」


「……オカルトじゃなくて?」


あかりが恐る恐る聞く。


「物理だよ。

 人の感情はエネルギーになる。

 特に、期待、不安、好奇心。配信はそれを一気に集める」


れいなは、コメント欄の流れを思い出していた。

速く、重く、感情の塊みたいな文字列。


「じゃあ、私たちの配信が……」


「扉の“縁”になった」


鷹宮は頷く。


「向こうの世界は、常にこちらを見てるわけじゃない。

 でも、“見られている場所”ができると話は別だ」


彼は、教室の中央を指差した。


「ここ。

 君たちが配信してるこの空間が、境界になった」


背筋が冷たくなる。


「……それって」


れいなが声を落とす。


「配信、やめれば……」


「閉じる」


即答だった。


沈黙が落ちる。

放課後の教室に、時計の秒針の音だけが響いた。


「でも」


鷹宮は続ける。


「一度できた歪みは、簡単には消えない。

 中途半端にやめると、逆に不安定になる」


「じゃあ、どうすれば……」


あかりの声が揺れる。


鷹宮は、少しだけ目を逸らした。


「続けながら、管理する。

 俺が武装を出せるのは、配信機材が媒介になるからだ」


「……つまり」


「君たちが配信する限り、俺は介入できる」


れいなは、はっとした。


「それって……

 私たちが続けるほど、危険も増えるってこと?」


「そうだ」


否定しなかった。


あかりは、机の上のスマホを見つめる。

画面は暗いのに、そこに何かが映っている気がした。


「……私さ」


ゆっくり、言葉を選びながら話す。


「配信って、ただ楽しいだけだと思ってた」


れいなも頷く。


「誰かに見られて、コメントもらって。

 それだけだった」


鷹宮は静かに言う。


「“見られる”ってことは、

 世界に触れられるってことだ」


あかりは、顔を上げた。


「それでもさ……」


れいなを見る。

れいなも、同じ気持ちだとわかっていた。


「やめるかどうか、私たちで決めたい」


鷹宮は、ほんの少しだけ笑った。


「……そう言うと思った」


スマホが、かすかに震える。


通知。

〈次いつ?〉

〈続き待ってる〉


放課後の配信は、もうただの遊びじゃない。

それでも彼女たちは、まだ知らない。


この選択が、どこまで世界を開いてしまうのかを。

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Cherry Loop ― 放課後配信は、異世界とつながる 塩塚 和人 @shiotsuka_kazuto123

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