第3話 「鷹宮颯斗」

影は、斬られていた。


正確には――

“切断されたように、形を失っていた”。


教室の床に広がっていた黒い影は、光に触れた瞬間、紙を燃やした灰みたいに散っていく。

焦げたような匂いが、一瞬だけ残った。


あかりは声も出せず、その場にへたり込む。


「……なに、今の……」


れいなも、足が動かなかった。

視線の先には、机と机の間に立つ男子の背中がある。


制服。

同じ学校の、見慣れた色。


けれど、その右手には――

**ありえないはずの剣**が握られていた。


「……大丈夫か」


低い声。

落ち着きすぎていて、逆に現実感がなかった。


男子は剣を軽く振ると、

それは音もなく、空気に溶けるように消えた。


「え……?」


「……消えた?」


「もう大丈夫。あれは戻った」


戻った、という言い方が、ひどく引っかかる。


「……あなた、誰?」


れいなが問いかけると、男子は少しだけ困った顔をした。


「名乗るの、遅かったな」


一拍置いてから、短く答える。


「**鷹宮颯斗**。同学年だ」


あかりは思わず叫んだ。


「同学年!? いやいやいや、今の何!? 剣どこから出したの!?」


「説明する。……ただし、落ち着いて聞いてくれ」


鷹宮はそう言って、スマホを拾い上げた。

画面は真っ暗だが、微かに熱を持っている。


「君たちの配信。あれが“扉”になってる」


「……は?」


「配信は、視線を集める。感情も、意識もだ。

 それが一定量を超えると、向こう側と重なる」


向こう側。

異世界。

口に出していないのに、言葉の意味だけが胸に落ちてくる。


「さっきのは?」


「低位の魔物。まだ弱い」


さらっと言われて、あかりは頭を抱えた。


「弱いって……あれで!?」


「だから俺が来た」


れいなが、鷹宮をじっと見つめる。


「……最初から、見てた?」


「ノイズが出た時点でな。

 本当は、あそこまで近づく前に処理するはずだった」


「“処理”……」


その言葉が、重かった。


沈黙の中で、スマホが震える。

通知。

配信アプリ。


〈さっきの続きは?〉

〈事故配信?〉

〈あの声誰?〉


鷹宮は画面を見て、小さく息を吐いた。


「……もう、気づかれてるな」


「え……?」


「次は、もっとはっきり来る」


あかりとれいなは、顔を見合わせた。


放課後の教室。

いつもの場所。

いつもの配信。


それが、もう“安全じゃない”ことだけは、はっきりしていた。


「……ねえ」


あかりが、震えながらも言う。


「それでもさ、私たち……配信、やめなきゃだめ?」


鷹宮は、少しだけ目を伏せた。


「……やめれば、君たちは守れる」


「じゃあ」


「続ければ――俺が守る」


その言葉は、静かで、確かだった。


Cherry Loopの放課後は、

もう後戻りできない場所に、足を踏み入れていた。

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