第2話
僕らの村に超高度文明がやってきてから、ここの生活は大きく変わった,,,,らしい。その中でも、一番僕たちの生活に影響を与えたのが、スクリーンの中の住人、人工知能だ。
今では、当たり前のように受け入れられているそれも、この村に来たときは、降霊術か魔術の類だと認識されたらしい。
今もアイヴァックは、腕時計のスクリーンから半透明の体をはみ出させ、僕の腕の上をのしのしと這い回っている。僕が子供の時に描いた絵を元にしたその姿に、文句を言いながらも、馴染んでいる感じがするのは、僕の妄想ではないと思う。
「ナイフは持ったか?」
「んん」
端末から発せられる声は、人間と聴き分けがつかないくらい滑らかだ。これで、村言葉に、村訛りの帝国語、帝国語、さらには飲んだくれ司祭以外話せる人がいなくなった精霊語まで話せるのだから、大したものだ。気づいた時にはあったから、普通に使っているけど、よく考えたらよくわからない。
現代は、科学がまるで魔術のように発展している。これが魔術だと言われたら、信じてしまいそうになるくらい。それくらいに、僕のような凡人には、仕組みがわからないもので溢れていた。結局、どちらであろうとも構わないのだ。自分たちに都合の良いものであれば。
「食べ物も多めに持った方がいいな。」
「ふぁむ」
しかも、しっかりしている。忘れっぽく、おっちょこちょいの僕にとっては、もはや生活から切り離せない存在だ。アイヴァック様様だ。
「おいっ、アシュパよ! 干し鮭をつまみながら、返事をするな。」
…少し細かいけど。
準備ができたところで、僕は愛車の四輪バイクのホシダに、ゴムロープを使って荷物をくくりつけた。濡れては困るバッテリーの類とは、防水バッグに突っ込んだ。
もしかしたら、今シーズン、村から離れた夏の猟師小屋に来るのはこれで最後になるかもしれない。鹿狩り用の小屋には、もう少しいる予定だったけど、仕事を受けるとなったら話は別だ。
「アシュパ、ライフルを忘れてるぞ!鹿を狩るためだけに、わざわざ村から三日もかけてこの山奥の小屋まで来たのを忘れたのか?」
腕時計型の端末の中から、アイヴァックが注意の声をあげた。
「えっ? ……わざとだよ。もちろん。」
ニヤリと笑う僕にアイヴァックは誤魔化されてくれなかった。
「嘘つけ。」
うん。ライフルは危なかった。今、この島には大漢熊がいるのだ。ライフルを忘れると、最悪死ぬ。僕は玄関のライフルを背負うと、やっとホシダに跨った。
そして、そこで気がついた。
「あ、ホシダの鍵忘れた。」
「全く。早くするのだ」
ドタバタと家に戻って、ホシダにもう一度跨って、それからようやく僕たちは出発した。
草原と海と山しかない景色の中、黒っぽい煙をブスブスあげる不時着物が見える。
僕は、煙と人影に向かって、ホシダを走らせた。
「アイヴァック、何あれ?」
僕は、煙をあげる船の横にいる人たちの姿に困惑した。
一人は、穴の空いたコートを着て、長い棒のようなものを担いだ筋骨隆々の男。一人は配信で見るような、いわゆる古き良きメイド服を着ている。赤い髪の女の人だ。
そして最後の一人は、高級な食器みたいな装飾の入った、白いボディスーツに、灰色のケープを羽織っていた。紫色の髪をした、とても綺麗な女の人だった。
帝国の女性の服装の前では、目は行き場を失う。僕みたいな村人には控え目に言って、刺激が強すぎた。
「不可解な組み合わせだな」
「うん。しかも超目立つ。」
確かに、お金になりそうだけど、僕には荷が重い気がしてきた。
「やめる?」
「いや、相手にすでに視認されている。このまま進むのが良い」
身内の罪悪感と、強制感からホシダを前進させた。海岸沿いに進めば、目的地まではほんの少しの距離だった。
声が届く距離になると、僕はホシダを停めた。
全員が警戒するように立っていた。
巨漢の男が手に持った金属棒を握り直した。
死んだ魚のような目、無精髭、傷だらけの顔、半分欠けた耳。
見るからに歴戦の猛者が感情のこもっていない目で僕を見下ろした。
「さて」
男が口を開いた瞬間、空気が重くなった。
「お前は敵か?」
威圧的に発せられた帝国語に、思わず、背中のライフルバッグをずらし、一番抜きやすい位置へ固定し直した。ほんの数センチ、銃口の向きが男の胴体へと向くようにして。
男の目が、わずかに細まった。
そのまま僕は秘匿回線に繋いだ。
(おいおいおいおいおいおい。アイヴァック!?)
(なんだ?)
(明らかに危険の臭いしかしないんだけど)
(つまり、儲かるな)
(いやいやいやいや)
「もう一度聞こう。お前は敵か?」
「…あ、いえ。あそこから煙が見えたので、様子を見に来たんです。」
内心、冷や汗をかきながら、僕はそう説明した。焦りすぎて、指を刺した方向がズレたので、小屋の方向に修正した。
「その、困っているかと思って」
「ふむ。一理ある。ところで、この星には、電波障害か何かがあるのか?」
「えっと……悪戯好きの霊、とか……。そういうのが、いるとは言われているかな」
嘘がバレないか、僕はさらに冷や汗をかいた。
「面白い見解だ。」
男は、ジロジロと僕を値踏みした。
そして、ようやく納得したのか、一つ頷いた。僕は視線がそれたことに、かなりホッとしていた。正直、心当たりしかないのだ。
そして、後ろを振り返り、意見を求めた。
「おい、嬢ちゃんはどう思う?」
男の後ろには、メイドが後ろの女性を隠すように立っていた。
「貴様、お嬢様になんという口の聞き方だ!」
「リン、いいわ。」
『お嬢様』は、前に出た。
「お嬢様、ダメです」
止めようとするメイドを気にした様子もなく、堂々とした佇まいで、お嬢様は僕の方に歩いてきた。
理知的な琥珀色の目で、僕の目をまっすぐに見ながら。
同じくらいの年齢に見えるのに、その目には村の同年代にはない聡明さがあった。
「こんにちは。」
彼女は柔らかい笑みを浮かべて、僕に片手を伸ばした。
『ボーイ・ミーツ・ガール』。
そんな言葉が頭に浮かんだ。でも、空から女の子が落ちてきた物語は聞いたことがあるが、空にいる女の子を手の届くところまで落としたボーイミーツガールは中々ないのではないだろうか。
なんだろう。僕は悪くないはずなのに、めちゃくちゃ罪悪感を感じる。
それなのに、乗り物に乗りながら、握手するなんて、失礼すぎる。僕は慌てて、乗り物を降りた。
「ごめんなさい。グローブは外せないのだけれど……。私は、アオイ。あなたは?」
彼女はとても綺麗な帝国語を話した。
綺麗な顔が近くにあるせいで動揺した。かといって、視線を下に動かすのも、イメージが悪くなる気がして、彼女の目から目を逸らせなかった。
喉が急激に乾いてきて、口を開こうとしても声が出なかった。
彼女はただ微笑んで、僕の返事を待ってくれた。
「ぼ、僕はアシュパ。ヌナ村のアシュパ」
僕はおずおずと差し出された手を握った。こんなに綺麗な人は村ではみたことがなかった。彼女は、僕の手をしっかりと握り返してくれた。とても柔らかい、僕よりも小さな手で。
「アシュパさんね。ありがとう。」
彼女がニッコリと笑うと、まるで光を放っているように見えた。
離れた手の感触がまだ右手に残っていた。
「私の仲間も紹介するわね。私の友人、メイドのリンと…」
メイドさんは、会釈した。
「あとこの護衛が…」
彼女の言葉にメイドが割り込んだ。
「お嬢様、この骨董品は紹介しないで大丈夫です」
紹介されなかった、護衛の男は肩をすくめた。
「護衛のカツオだ」
やっぱりチグハグなメンバーだ。アオイさん以外は、あまり良い印象が持てない。メイドさんも会釈はしたけど、どこか冷たい印象だ。慇懃無礼というか、目が冷たい。
「それで、助けてくれるっていうのは、本当?」
その時、彼女が見せた目は、本当に助けを求めているように見えた。
「うん」
だから、僕は反射的に頷いていた。
彼女の顔にほのかな安堵感が広がった。それは、表情からすれば、ほんのちょっとの変化だったけど、本当にホッとしたように僕には見えた。
すぐに彼女は表情を作り直したので、それは一瞬だったけど。
「それなら、ちょっと聞きたいのだけれど、あなたの村は、ここからどれくらい離れているの?」
「う〜ん。ホシダで3日くらい。歩いたら、もう少しかかるかな。」
「ホシダっていうのは、その乗り物のこと?」
彼女は、僕のホシダを指差した。
「うん。僕の相棒、ホシダだ。ササガワと違って、瞬発力はないけど、壊れにくくて長持ちだし、どんな場所でも安定して乗れるんだよ。」
ホシダの説明になると、口が流暢に回った。緊張しすぎて、「話さなきゃ」という気持ちが変な方向に爆発していた。僕は、粘り強いエンジン、壊れないトランスミッション、安定性と始動性の良さの点から、いかにホシダが素晴らしいかを、早口で説明した。
「ふふっ。ホシダが好きなのね」
アオイさんが笑ってそう言ったときには、僕は喋りすぎたことに気がついていた。そして、彼女が笑ってくれたことにホッとしていた。
「アシュパよ、私の紹介がまだだぞ!」
腕につけた端末から、抗議の声が上がった。
「そして、これがアイヴァックだ」
端末の中から海象のアイコンが飛び出てきて、ホログラム投影される。
「おい、コレとはなんだ! コレとは!! おや、これは失敬。姫君、私はアイヴァックでございます。」
空中で、丁寧に頭を下げた海象の姿に、彼女は心底びっくりしたように、目を丸くした。
「あなたは御美しい方だ。しかし、注意してください。我が相棒、アシュパがあなたをイヤらしい目でみていましたぞ!」
「おい、アイヴァック!!」
アオイさんはクスクス笑った
「アイヴァックさん。本当にイヤらしい殿方は、私の目ではなく、身体を真っ先に見るわよ」
彼女の言葉に、僕は内心冷や汗をかいた。危うく彼女に軽蔑されるところだったのだ。そして、目がそちらに引き寄せられそうになるのを止めてくれた自分の理性に感謝した。
僕はできるだけ彼女の身体を見ないようにしようと心に誓った。
それにしても、なぜ帝国人はこんな格好をしているのだろう。
「いえ、アオイ殿。甘やかしてはいけません。この男はすぐにつけ上がるのです!」
「おい、お前はだまれ」
「なんだ、図星を突かれて、怒っているのか?」
「違うわ!」
ワーワーやっているうちに、僕の緊張も溶けてきたらしい。彼女の前で、緊張しすぎるのも馬鹿馬鹿しくなってきた。
カウンター・ウェポン(仮題) 鶴橋振夫 @Tsuruhashi_Furio
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