第1話

「アシュパ!」

 浮上する意識。

「アシュパ!」

 遠くから呼ばれる名前。うるさい。

「これ、アシュパ。起きなさい!」

 うるさい。うるさい。

「起きろ〜〜!!」

 僕の心地よい微睡みの時間を妨害する奴がいる。それも近くに。それもよく知っているやつだ。

「うるさい」

「うるさくない」

 すると今度は、耳を刺す電子音や、鍋をひっくり返したような騒音が雪崩を打って掻き鳴らされた。どこから拾ってきたかも分からない音源の嵐に、僕は不快感でいっぱいになり、耳を塞いで布団の中に丸まり込んだ。

「あ〜あ〜」

 何か遠くで聞こえる抗議の声を聞き流しながら、せめてもの抵抗に、うめき声をあげる。だが、すでに、相手の作戦は功を労していた。もう十分に意識が覚醒してしまったことに、がっかりとした気持ちになった。

 少しだけ布団から顔を出すと、騒音の主が満足げに告げた。

「起きたな」

 僕は至高の時間を邪魔した存在を睨んだ。人の眠りを妨げるとは悪魔のような所業である。尋常な精神の持ち主にはできない悪虐非道である。

 なので、それはもう力一杯睨んだ。

「睨むなら、瞼くらい開けなさい」

 考えてもみてほしい。眠いのに、瞼を開けるバカがいるだろうか。

「アシュパ、仕事だ。金儲けの匂いがするのだ」

 ぱちっと目が開いた。

「お金?」

「ああ。中々のものだよ」

 僕の相棒は、都合の悪いことは隠すが、嘘はあまり言わない。特に、お金が絡むことに関しては。

「本当?」

 僕は腕時計型の端末のスクリーンに浮かんだ、見た目は愛らしい海象のマスコットキャラと目を合わせた。海象キャラの“アイヴァックくん”はにんまり笑った。

「本当だとも」

「それで、何で金儲けするんだ? 僕は墓荒らしはしないぞ。」

「お前が遺品漁りを嫌っているのはよく知っているさ。」

 かつての村の跡地から、伝統的な装飾が施された道具を漁り、それを拾って、帝国人のコレクターに売る村人はそれなりにいた。それがかなりの金額で取引されることもよく知っていたが、それは先祖の霊に対する冒涜だ。僕はそれが嫌いだった。

 スクリーンの中のマスコットは、前鰭で器用にスクリーンの中のスクリーンを指差した。

「これを見たまえ。」

「なに? 発着場でネイチャーガイドが欲しそうな太っ腹帝国人でも見つけた?」

 アイヴァックが僕に見せたのは、録画された映像だった。

 発着場の映像だと思ったら、何もない海岸。奥には大きな山まで綺麗に見えていた。

「おい、これって…」

 考えるまでもない。見慣れた風景だ。

 鹿小屋に一つだけしかない窓。そこから見える景色をいつでも見られるようにと、僕が戯れで設置したカメラの映像だ。村にいながらにして、海烏や黒鯨でも探せたら楽しいだろう、くらいの気持ちだった。

 でも、僕は生の景色でないとつまらないことに気がつくのに、対して時間は掛からなかった。つまり、飽きた。

 それが、今では、すっかりアイヴァックの暇つぶしの材料になっていた。アイヴァックは暇さえあれば、カメラのハッキングをして、外の映像を覗いている。その巡回リストに鹿小屋のカメラも入っていた。

 その暇つぶしもたまには役に立つのかもしれない。

 僕がそんなことを考えている間に、動画に違和感を感じた。

 空に何かがある。

「気が付いたか?」

「これは何?」

「わかりやすくしてやろう」

 変わらないはずの海岸の景色。その上空に突然、ぼやけた灰色の何かがヌッと現れた。暗い海に浮かぶクラゲのようにぼやけた輪郭。注意深く見ていないと見えないような朧げな存在だ。

 アイヴァックが映像を加工したのだ。

「でも、空を飛んでいるこれが金儲けのタネになるの?」

「なに。届かないなら、手の届くところまで、引き寄せれば良いだろう?」

 ぼやけた飛行物体。

 そのクラゲ飛行体を中心に、まるでラグが走ったみたいに、空が歪んだ。クラゲ色の物体が壊れた電球みたいに明滅し、空に鮮明な色を浮かび上がらせる。そして、ちぎれかけの電線みたいにスパークを散らすと、くっきりとその姿を見せた。曇り空に現れた、銀色の機体は限られた太陽の光をこれでもかとばかりに反射した。かと思うと、次の瞬間には、動力が切れたみたいにグラリと機体が揺れて、滑空を始めた。みるみるうちに地面と近づくと、美しい流線形を描くハイテクの塊は、その栄光にそぐわない大胆な着地とスライディングを見せた。

 僕は思ってもみなかったあんまりな映像にしばらく呆然とした。

「これが、金儲けのタネ?」

「うむ。」

「これってもしかしてライブ映像だった?」

「いや。そなたが起きる少し前に、処理しておいた」

「君に罪悪感はないの?」

「うむ。」

「うむ、じゃねえよ! なんだか、厄介事のタネにしか見えないんだけど。」

 海象はデフォルメされた顔で器用に神妙な表情を作った。

「うむ。さもあろう。だが、電子知能の責任は人間が取るものだ」

「『うむ。さもあろう』じゃねえよ! うるせえよ!」

 窓の外を見ると、遠くに、鏡のように光を反射する銀色の船が、黒い煙をモクモクと上げていた。

 こんな寂れた土地では、金儲けのタネは常に外からやってくるものと決まっていた。そして、厄介事のタネも、常に外からやってくるはずだった。だけど、今回は内から発生していた。

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