君を否に入るエンジェル変数

凛々レ縷々

君を否に入るエンジェル変数

「ねえ、君って今21歳だよね?」


 僕は普通と言える見た目に背丈も体重も平均値。特に決まった趣味もなく、新しいことにも興味がない。ごく一般的な平均値の2mmくらい下に位置する。当たり前の話しだが平均というのは、一番多くのものに当てはまる絶対的な大多数。だからそこに含まれていて悪い筈はない。


「え? 何言ってんの、26歳だよ。どうしたの、あははは」

「黒髪のショートボブっていいよね」

「はぁ……、そんなのにしたら面倒臭いから。ある程度伸ばさないと」

「透き通るような透明感ってとても大事なんだ」

「でしょ。昔からよく言われたから普通だと思ってる」



 ショッピングモールに出掛けると、羨むような可愛い女の子を連れている男を見ることがある。どうやって付き合ったんだよ? って思ったりする。それで僕は彼女を見てと今より良くなるように教える。でもそのを取り入れない、どれ一つも。


 そうさ、彼女は提案通りにしてくれない。


「1サイズ大きめのパーカーを着てみたら」

「ん? 好みじゃないから」


 こんな具合に良くしようと次々と教えても頭ごなしに駄目だと言う。良くするために勧めているのに取り合おうとしない。受け入れようとはしないんだ。簡単なはずさ、そうだろ? そうするだけで良くなるんだよ。なのにそうしないのは何故だろうって疑ってしまう。そしてエスカレーターで目の前にいる魅力的なニットセーターを着た女性を見ると彼女と比べてしまう。


 どこでどうやって出会うんだ? そして僕は自問自答でもするように彼女を責め続けるんだ、折角教えてあげているのにって。勿論、それは頭の中でだけど、そう思うのも仕方ないって分かって欲しい。



「疲れちゃった、お茶しようよ」


 カフェの店員は見たことがないくらい眩しくて爽やかな笑顔をみせる。こんなに可愛い子と普段の生活で話す機会なんてまず無い。柔らかいブラウンの髪色、それは後ろで一括りに結われている。、露出した顔は少し丸くて白く、瞳はグレーがかって潤んでいる。信じられないけど時々いるんだよ、天使みたいな子って。


 こういった子は平均ではないだろうけど、実は結構いる。街でもSNSでもよく見る。きっと真ん中の2cmくらい上に居るんだろう。僕と比べると少し上の方に位置するかも知れない。だけど、僕が今より若くて同い年くらいで同じ大学に通っていたならそんなに変わらない、多分普通の筈。


 彼女はメニューを見ながら何にするのかを考えている。「これ美味しかったよ」と言っても「へー、そうなんだ」、「これにすれば」と言えば「美味しそうだね」と返事が返ってくる。けれど結局いつも頼むのは同じ様なものばかり。きっと変わったものが好きじゃないんだと思う、いつものが好きなんだろう。


 どれが良いかを教えても、いつもの君から変わらない。


 僕はどれが良いかを知っている。いつも見てるから分かるんだ。正しいから教えてあげようと、君を良くしようと努力している。


 今ならどのメニューが良いか、それは ――――


「21歳」「柔らかい視線」「自然な二重ライン」「控えめなアイメイク」「控えめで小さい鼻」「柔らかい口」「控えめな微笑み」「透明感のある肌」「ブラウンで艶のある髪」「ローポニー」「緩やかなウェーブ」「丸みがある小顔」「綺麗な首筋」「チョーカーを着用」「細い指」「淡いネイル」「パーカー」「ホットパンツ」「ニーハイ」「洗練された雰囲気」「 」「」……。



 僕はありとあらゆる正しさを詰め込んだ。ねじ込んだ。注ぎ尽くしてもう何も出なくなるくらいに。なにの君はそっと目を閉じて返事をしなくなってしまう。実は彼女はもういないんだ。正確にはどこかその辺にいる、いつものショッピングモールとかよく行くパン屋にいる筈さ。僕とはもう一緒にいないというのが正確なのかもしれない。



 君を否定したい訳じゃない。肯定するために正しいことを教えてたんだ。だから分からない。何故だか分からない。彼女が何を考えていたのかなんて。何を感じていたのかなんて。きっと彼女の中身は空っぽで何も無かったのかもしれない。不思議と君のことはよく知らなくて、正しく答えられない。今はもう一緒にいないから、聞くことも答えてくれることもない。


 僕は君のことが好きだった筈なんだ。なのにどこが好きかと聞かれても分からないよ。だって沢山あるんだし、数え切れないんだ。それは平均的だってことなんだよきっと、僕が好きなのは。だから分からなくなってしまう前に言葉じゃなくてどうにか伝えるべきだったのかも知れない。


 在ったはずの分からないものがもう繋がらなくて伝えられない。


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