第6話 鳳城キャッスルレジデンス

 ペントハウス3フロア分を使ったメゾネット。


 間取りは――23LLLDDDKKK。


 ……うん。意味は僕も分からない。

 とにかく広い。広すぎて、迷子になる。


「……あのさ」


 悠真が玄関で立ち尽くしたまま言う。


「これ……ホテルじゃないの?」


「今日から、ここが僕たちの家だよ」


 言い切った瞬間、エレオノーラがきょろきょろと見回した。

 天井、壁、床――全部がツヤツヤしていて、反射している。


「まあ……! まるで王宮ですわ……!」


 そして、なぜか悠真の袖をちょん、とつまむ。


 おい!今は僕と悠真のいい空気を堪能する場面だろ!しゃしゃり出てくるな!


「悠真様、こちらの世界の貴族は、皆さまこのようなお住まいなのですの?」


「あはは、違う違う。鳳城くんが例外だよ」


 悠真が困ったように笑う。


 その笑い方が、やさしい。

 エレオノーラが安心したように目を細める。


(……やめろ悠真)

(それは“安心させる顔”じゃなくて、“惚れさせる顔”だ)


「――と、とにかく! 今日はここまで!」


 僕は一歩前に出て、ふたりの間に物理的に割り込んだ。


「え? あ、うん……」


 悠真が戸惑いながらも頷く。


 ――と、そのとき。


 コン、コン。


 背後でノックの音がした。


「失礼いたします」


 扉が開き、じいやが一歩前に出る。

 そして、その横に――見覚えのある顔。


「……え?」


 小柄な少女が、少し緊張した様子で頭を下げた。


「こんばんは。佐藤桜です」


 ……佐藤桜ちゃん。悠真の妹だ。


 次の瞬間、僕が口を開くより早く――


「あ、鳳城くん。ボクがじいやさんにお願いして呼んだんだ」


 悠真が、少しだけ気まずそうに、でもはっきり言った。


「エレオノーラさん、異世界から来たばっかりだろ? やっぱり同性が居ないと不安だろうなって」


 そう言って、桜ちゃんの方を見る。


「桜もごめんな。急にこんなお願いしちゃってさ」


「ううん。エレオノーラさんの話をきいちゃったら、私も放ってなんか置けないって」


 エレオノーラが一瞬きょとんとして――

 それから、はっとしたように背筋を伸ばす。


「まあ……! そのようなお心遣いを……」


 そして、胸の前で手を重ね、深く頭を下げた。


「ありがとうございます、悠真様。桜様。わたくし、とても心強いですわ」


「い、いや! そんな大したことじゃ……」


 悠真は慌てて手を振る。


 ――優しい。

 あまりにも、優しすぎる。


 感動で胸がじんわり温かくなる一方で、

 警戒レベルが一段階、いや二段階上がる。


 エレオノーラの好感度が、

 いま確実に上がった音がした。聞こえた。幻聴じゃない。


「よろしくお願いします、桜様」


「こちらこそ。分からないことあったら、何でも聞いてください」


 そう言って、桜ちゃんは自然な動きでエレオノーラの隣に立った。

 ほんの半歩ぶん、悠真との間に割って入る位置だ。


「あ、エレオノーラさん。あとでお風呂の使い方、一緒に確認しよ。

 ボタン多くて、最初ちょっと迷うから」


「まあ……! ぜひお願いしますわ」


 エレオノーラは素直に頷き、桜ちゃんの方へ体を向ける。

 結果、悠真は一歩ぶん、場の中心から外れた。


「……」


 本人はまったく気づいていない顔で、成り行きを見ている。


(……やるな)


 女の子同士で、もう穏やかな空気ができている。

 そして、その穏やかさの配置が、きっちり計算されている。


 悠真の優しさに感動しつつ、

 同時に僕は確信していた。


 ――この家、戦場になる。



 ◇ ★ ♡



「よ、よし。改めてみんなを部屋に案内するから、今日はゆっくり休もうな! 今日は解散!」


 半ば強引に話を切り上げ、僕は3人をそれぞれの部屋へ案内した。


 用意した客室は、どちらも独立したタイプ。

 ちゃんと風呂とトイレ付き。


 風呂でばったり、みたいなラブコメ事故なんて許さない。

 悠真との事故なら歓迎なんだけど、エレオノーラはだめだ。断じてだめだ。

 そんなことを考えながら、廊下を歩く。


「何かあったら、すぐ呼んでくれていいから」


「うん、分かった。鳳城くん、今日は色々ありがとう」


 悠真はそう言って、軽く手を振った。


 エレオノーラも部屋の前で振り返る。


「隼人様、本日は感謝いたしますわ。おやすみなさい」


「今日は私が同じ部屋でエレオノーラさんの様子を見てるね。困ったらすぐ言って」


 3人がそれぞれの部屋に入っていくのを見届けて、

 扉が閉まる音を確認してから――


 僕は、静かにその場に崩れ落ちた。


「……危なかった……」


 心臓がまだうるさい。

 だが、戦いは終わっていない。


(むしろ、ここからだ)


 二人が休んでいる間に、やらなければならないことがある。


 僕はゆっくりと、ペントハウスの奥へ向かった。


 ――マスターベッドルーム。


 かつて、いや、つい最近まで。

 悠真との同棲生活を想像して、僕が暴走の限りを尽くした部屋だ。


 YES・NO枕。

 ハート型のベッド。

 妙にロマンチックな間接照明。

 無駄に大きい鏡。


「……アウトだな」


 誰がどう見てもアウトだ。


(これは……見られたら、即死する)


 僕は袖をまくった。


「大急ぎで、普通の部屋に戻す……!」


 恋は準備が8割。

 そして今は――


 証拠隠滅の時間だ。





――――――――――――――――


お読みいただきありがとうございます、久澄くずみゆうです。


これにて投稿開始日の更新分は一区切りです。

いよいよ三人での生活が本格的に始まります。


次回からは、

・異世界令嬢の現代適応

・御曹司の計画と暴走

・天然の中心人物

が、少しずつ噛み合って(噛み合わずに)動き出します。


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続きも、ゆるっとお付き合いください。

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