第5話 完璧な事故処理

 部屋が吹き飛んでから、わずか数分後。

 僕たちは、じいやが手配した漆黒のロングリムジンに乗り込んでいた。


 ふかふかの革張りシートに、異世界から降ってきた悪役令嬢、エレオノーラが鎮座している。  その対面に僕と悠真。

 運転席との仕切り窓は開いたままで、じいやが涼しい顔でハンドルを握っていた。


「……じいや。あの部屋の処理はどうなった?」


 僕は窓の外、黒煙を上げている悠真のアパートを見やりながら尋ねた。

 悠真との思い出の部屋が、一瞬で瓦礫の山だ。泣きたい。


「抜かりありません、ぼっちゃま」


 じいやはバックミラー越しに、かすかに口元だけを持ち上げた。


「警察と消防、およびマスコミにはすでに手を回しました。原因は『老朽化したガス管の爆発』ということで処理済みです。近隣への補償は、鳳城グループ法務部が倍額の現金で――」


「さすがだ。仕事が早いな」


 僕は満足げに頷いた。

 こういう時、財閥の力というのは便利だ。金と権力で解決できないのは、悠真の恋心くらいのものだ。


 だが、隣で小さくなっていた悠真が、おずおずと手を挙げた。


「あ、あの……じいやさん、鳳城くん」


「ん? どうした佐藤くん。心配はいらないぞ」


 僕は「安心しろ」と言わんばかりに肩をすくめ、悠真に“余裕の横顔”を見せた。

 だが悠真の冷静な一言が、その余裕を一瞬で吹き飛ばした。


「あのアパート……『オール電化』だったような気がするんだけど……」


 ピタリ、と車内の空気が止まった。


 じいやの笑顔が固まる。

 僕も固まる。


 そうだ。あそこは「火の元安心」が売りの、最新オール電化物件だった。ガス管など通っていない。


「……」


「……」


 沈黙がリムジンの中を支配する。

 じいやが咳払いをした。


「……カセットコンロですな」


「えっ?」


「ぼっちゃまが密かに鍋パーティーをしようとして持ち込んだ、業務用の巨大カセットコンロが爆発したのです」


「な、なるほど……」


 じいやが、ドスの利いた……いや、重厚な執事ボイスで遮った。


「鳳城家の辞書に『不可能』という文字はありません。我々がガス爆発だと言えば、IHヒーターだろうがソーラーパネルだろうが、ガス爆発するのです」


「そ、そうなんだ……(すごい理屈だ……)」


 悠真が引きつった笑いで納得(?)したようだ。

 危ない危ない。

 僕は冷や汗を拭いながら、話題を変えることにした。


「さ、さあ、気を取り直して出発だ。ここじゃ落ち着かないからね」


 リムジンが滑るように走り出す。

 背後で遠ざかるサイレンの音を聞きながら、僕は心の中でアパートに別れを告げた。



 ◇ ★ ♡



 騒ぎの余韻を置き去りにするように、車は静かに走り出した。

 行き先は鳳城キャッスルレジデンスだ。

 年末の街は妙に明るい。窓の外に流れる光の川に、エレオノーラは文字どおり釘付けになっていた。


「こちらの世界では、高い建物がこんなに……。それに街の灯。魔力の流れが、まったく感じられませんのね」


 真面目な顔で言うから、ちょっと面白い。


「これは……電気っていう力で光ってるんですよ」


 悠真がさらっと答える。

 説明している横顔がやさしすぎて、僕の心臓が嫌な音を立てた。


 ああ!その優しさはダメ。距離が縮まるから。


 しかも、エレオノーラは感心したように身を乗り出す。


「まあ……! 魔力ではないのに、これほどの光を……悠真様、博識でいらっしゃいますわ」


「いや、普通に学校で習うっていうか……」


 いやいや、悠真。

 その“照れ笑い”は反則だ。相手が異世界令嬢だろうが地球人だろうが、刺さるものは刺さる。


 エレオノーラの目がきらきらして、距離が縮まる気配がする。

 危険が危ない。


 僕が頭の中で対策会議を開いているうちに、車は巨大な建物の足元へ滑り込んだ。

 ガラス張りのエントランス。静かな照明。警備員の数が多い。


 停車――と思った次の瞬間。


「……え?」


 悠真が変な声を出す。


 車体がふわりと揺れ、ゆっくりと上昇を始めた。

 正確には、車ごと巨大な箱に収まって、その箱が動き出した。


「なにこれ……」


「エレベーターだよ」


「車ごと!?」


「うん」


 僕は軽く頷いた。軽く。

 これが“普通”みたいな顔をしておくのが大事だ。


 ガコン、と低い音。

 車用エレベーターが本気を出し、景色が滑っていく。ガラス越しに、地上の灯りがどんどん遠ざかる。


「……落ちませんの?」


 エレオノーラが、窓に両手をついて震え声で聞いた。


「大丈夫だよ。安心して」


 僕が言うより先に、悠真が優しく返す。

 エレオノーラはほっとしたように息をつき、また外を見た。


「まあ……空が近い……」


 地上何階建てかは、正直もう覚えていない。高すぎて数えるのをやめた。

 とにかく、鳳城隼人が住むにふさわしい高さに到達したところで――


 ふわりと停止した。


「……ここが……?」


 悠真が呆然と呟く。


「うん。今日から3人で暮らすうちだよ」





――――――――――――――――


お読みいただきありがとうございます、久澄くずみゆうです。


このじいや、有能なのか無能なのか……


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次回、「鳳城キャッスルレジデンス」。 お楽しみに!

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