第3話 想定外の来訪者

 ……。


 なにが……起こった……?


 悠真は無事か?


「佐藤くん! 大丈夫か? どこにいる?」


 閃光で潰れた視界が、じわじわと色を取り戻していく。


 最初に飛び込んできたのは、見慣れない色だった。


 青。いや、紺か、藍か。

 いやもう、まとめて“深い青”でいい。とにかく上品で、冷たいほど澄んだ青のドレス。


 その深い青のドレスに身を包んだ、金髪の少女――

 エレオノーラ・ヴァン=グラディスが、悠真に覆いかぶさっている。


 しかも、その豊かな胸元には。

 悠真の手が、しっかりと果実をわしづかみにした形で沈み込んでいた。


 は?


「んん……」


 可愛らしい声が聞こえたと思った次の瞬間。


「――なっ!?」


 空気が、一気に張りつめた。


 エレオノーラが反射的に手を突き出す。


「離れなさい!」


 ドンッ!!


 乾いた破裂音と同時に、白い閃光が弾けた。


 爆発――

 と言っていい。間違いなく。


 座布団が宙を舞い、枕が散弾みたいに飛び、

 テーブルがひっくり返り、カーテンが派手にちぎれる。


 ――ガシャァン!!


 窓ガラスが派手な音を立てて砕け散り、

 冬の冷たい夜気が、一気に部屋へ流れ込んできた。


 その衝撃で。


 ボキッ。


 ……僕の首が、ありえない音を立てて正面に戻った。


(治った!? 今!? このタイミングで!?)


「さ、寒っ!!」


「うわっ、マジかよ!?」


 壁紙は剥がれ、家具は倒れ、床にはガラスの破片。

 住めるかと聞かれたら、全力で首を横に振るレベルだ。


「……あ……」


 小さく声を落としたのは、深い青のドレスの金髪令嬢だった。


 エレオノーラ・ヴァン=グラディス。

 さっきまでこちらを睨みつけていた気丈な目が、今は揺れている。


 ……いや、その前にだ。


 彼女は一歩、すっと後ずさった。

 胸元を両腕で押さえ、警戒するように悠真から距離を取る。


「……っ」


 顔が、赤い。

 怒りじゃない。羞恥だ。


 そりゃそうだ。

 起きたら見知らぬ男に抱き寄せられて、胸を――いや、これ以上考えるのはやめよう。


 兎にも角にもまずい。

 これは非常にまずい。


 いま、悠真が“やさしい一般男性”ムーブをかますと、

 完全に恋が芽生える流れだ。


 そして――


「あの……」


 来た。


 悠真が、壊滅した部屋と割れた窓を一瞬だけ見回してから、それでも柔らかい声でエレオノーラに話しかける。


「大丈夫ですか? ……ケガ、してないですか?」


 優しい。

 優しすぎる。


 普通なら「部屋ァ!!」って叫んでもおかしくない状況だ。

 なのにこの人、先に心配する相手が――魔法で部屋を爆散させた張本人だ。


 エレオノーラは一瞬きょとんとして、それから、ぎゅっと唇を噛みしめた。


「……わ、わたくし……」


 声が震える。


「突然……知らぬ場所に……

 見知らぬ方に……その……触れられて……」


 ちらり、と悠真を見る。

 そして、また顔を赤くして目を伏せた。


「……怖くて……」


 ――あっ。


 だめだだめだだめだ。

 この“弱ってるときにやさしくされるイベント”、

 乙女ゲーだと好感度+3000くらい入るやつだ。


「……えっと……ご、ごめんなさい。

 でも、その……本当に、悪気はなかったから」


 悠真は慌てて両手を振る。

 その動きがまた誠実で、余計にまずい。


「ここ……エレオノーラさんにとっては異世界、なんですよね。

 きっと……すごく不安ですよね」


「……はい……」


 エレオノーラの目が、潤む。


 この流れは――

 完全に――

 フラグが立ってる!!


 僕は一歩、前に出た。


「ちょ、ちょっと待って! 一旦落ち着こう!」


 声が裏返った気がするけど気にしない。

 悠真とエレオノーラが、同時にこちらを見る。


 よし。

 視線は奪った。


 危ないところだった……。


 僕は胸を張る。


「大丈夫。安心してくれ。この場は、僕が責任を持って対処する」


 ……内心はバクバクだけど。


 こうして僕は、恋の芽が芽吹く前に、全力で踏み荒らしにかかるのだった。





――――――――――――――――


お読みいただきありがとうございます、久澄くずみゆうです。


ついに、想定外のキャラクターが現実世界へ。

悠真(ノンケ)の元に女性が登場。頑張れ隼人。


少しでも楽しんでいただけたら、ぜひ【★評価】やブックマークで応援していただけると嬉しいです!

次回、「じいやの陰謀」。 お楽しみに!

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