Ch.1-1-4 全部ゴミだ

  ◇2326年9月18日(木)21:52


「この街で生きたい。生きて、あいつを殺したい」

 声に出すことでその火は俺だけではなく、二人にも拡がる。

 デイヴィスは俺の言葉を聞いたが、鼻を鳴らすだけだった。

 それ以上、何も言わない。何も聞かない。

 ただ、その隻眼の火は先程よりも大きく揺らいだように見えた。


 ⋯⋯ナオミは本気で残念がっている。よく見ると右手にはやけに発光している、緑色の薬剤が入った注射器が握られていた。

 やばい女だこいつ。


「スラムはお前ほどじゃないが、訳ありや脛に傷持つやつがわんさかいる世界だ。Helixの機嫌次第だが、酒を飲めるぐらいまでは生きられるかもな」

「実は私も傷持ちでーす! 検体くんじゃなくて、ジークくん。訳あり仲間として一緒に仲良くしましょ!」

 ナオミが俺の右手を握ってブンブンと振り回す。


「な、なにをやらかしたんです?」

「えっとねー。トノヤマメディカルで研究員やってたんだけど、認可外のインプラントとか薬試しすぎて、クビになっちゃったの」

「クビどころかお尋ね者だろうが」

 デイヴィスの余計な一言にナオミが抗議する。手が離れた時に感じた痛みと、ナオミが赤い何かが入った試験管を胸ポケットに入れたように見えたのは気のせいだろう。


 ともあれ、俺の腹は据わった。据わった以上は動くだけ。簡単だ。

 手段はどうにかすればどうにかなる。

 まずは眼の前の大人二人を十分利用させてもらおう。

 

  ◇2326年9月18日(木)22:06


 店を出て、帰路につく。

 頭は多少スッキリし、覚悟も決めたが、それでも胸のざわつきはまだ残る。感情は整理できても割り切れない。しょうがないことだ。


 ただその迷い、違和感は歩幅に現れる。

 気付けば俺はデイヴィスからかなり離れており、彼は俺を待っててくれてた。慌てて駆け寄る。


 ⋯⋯彼はなぜ俺を助けたのだろう。再びの疑問。

 もちろん彼が居なければ俺は死んでいた。だが彼には俺を助ける義理も必要もない。

 そんな俺の心を全て見通したかのようにデイヴィスが言った。


「お前の考えていることは何一つわからん」

 見通されてはいなかった。

「俺は吐いた唾は飲まん。雑用としてこき使ってやるから、まずは体を癒せ。話はそれからだ」

 そして俺を無視して再び歩き出す。


 その言動が俺には心地よかった。嘘ではないとわかったから。

 俺が死んだら死んだで、いいのだろう。多分、今は。

 少なくとも俺が死ぬまではこき使ってもらえるということだ。おそらく大半が掃除だろうが。


 迷いが晴れたとは言えない。

 ただ、少なくともあちこちに転がっているゴミやゲロを避けながら、デイヴィスに何とかついていけるぐらいの速度で歩けるようになった。


  ◇2326年9月18日(木)22:54


 この道を曲がれば俺の新居はもうすぐそこのはずだ。

 相変わらず前を歩くデイヴィスを追いかけ、角を曲がる。

 すると目の前に壁、ではなく背中が突如現れ、慌てて足を半歩後ろに戻す。

 デイヴィスがなぜか立ち止まっている。

 その理由は明白だった。行きに蹴散らしたチンピラ三人。更に二人追加され、五人が俺等の眼の前で道を塞いでいる。


「よおよお、じーさん! すっげえ探したぜェ」

「さっきはよくもやってくれたなァ?」

 古典的な三下のセリフだ。博物館の展示でもなかなか見ない。


「落とし前は高くつくぞォ? そっちのクソガキ含めて精肉店に卸してやる」

 一人が俺を手に持ったナイフで指しながらのたまう。

 どうやら俺も標的にされているらしい。

 もちろん今の俺が奴らに一矢報いることはできないだろう。

 だが、あまりに想像できた展開で、不思議と危機感は覚えなかった。


 行きの道で確かに奴ら三人と関わり、というか一悶着は確かにあった。

 今と同様、俺の先を歩くデイヴィスにダル絡みをしてきたのだ。


 それに対してデイヴィスは先頭の男に横拳をお見舞いし、吹っ飛ばすと、何事もなかったかのようにまた歩き始めたのだった。

 俺はそのままデイヴィスを追ったが、あまりにも何事もなかったかのような素振りに、本当に何もなかったかと錯覚したほどだった。


 だが、やはり錯覚ではないらしい。

 よく見ると五人組のうち一人は左頬をはらし、少し顔の造形がマシになっている。お礼参りの理由として、十分理解できた。


 一瞬でそんなことを考えていると、とうとう我慢の限界に達したらしい目の前の集団が、それぞれ獲物を構えた。

 ナイフを持つものが二人、拳銃を持つものが二人。目は血走っており、明らかに正気ではなかった。復讐に燃えている。

 集団最後尾にいる奴はフードを被っており、表情は伺えない。


 流石に武器を目の当たりにすると、恐怖を思い出す。

 一週間前までは画面越しにしか見たことがない世界。

 だが、それでも危機感は不思議と湧かなかった。

 ——それはきっと、俺の前に彼がいるから。


 デイヴィスは脅されてなお、マイペースだった。

 咥えていたタバコを指に挟み、言い放つ。


 「誰だ、お前ら?」

 その言葉は導火線よりも早く火をつけた。

 おそらく罵詈雑言の言葉を吐いたのだろう。銃撃音が何発か弾けた。

 それよりも僅かに早く胸のあたりに衝撃を受け、後ろに吹き飛ばされる。

 

 背中で道路を擦る。息は少し詰まったが、痛みはない。

 上半身を起こすと、行きの道と同様、全ては既に終わっていた。


 先ほどと変わらぬ位置に悠然と立つデイヴィス。よく見ると右手には血が滴るナイフが握られている。

 男たちは変わり果てた姿になっていた。


 ナイフを持っていた一人は肘が本来曲がらぬ方向に折れ曲がっている。得物はきっとデイヴィスに盗られたのだろう。

 もう一人は右手に握っているナイフが何故か自分の腹部に突き刺さっている。さっさと手を離せばいいのに、指が折れて動かせないらしい。

 二人の苦悶の声が共鳴して聞くに耐えない。


 銃を持っていた奴らはもっと悲惨だった。

 一人はうつ伏せに倒れ込んでおり、首を中心に広がる血溜まりの中で動かない。

 もう一人は膝立ちで項垂れているが、明らかに首が垂れ下がりすぎだ。こちらも喉を切られたのか、血がかなりの勢いで滴っている。

 二人からは何の音も発せられてない。今後もないだろう。


 あっという間の出来事。見たくもない凄惨な光景を無理やり見せられ、道路にゲロが一つ増える。

 流れる血の温かさ。苦痛にあえぐ声。ゲロと何かが混じった不快な臭い。五感に訴える現実が信じられない。

 

 ——これがお前が生きると決めた世界だろう?

 だが、冷静な自分も頭の中のどこかにいる。

 そうだ。これはゲームやコミックじゃない。これは俺が生きると決めた場所なんだ。


 涙で霞む目でデイヴィスを改めて捉える。相変わらずタバコをふかし、自然体だが、視線は一点を注視しているように見える。 

 視線の先にはパーカーの男。忘れてた。こいつはまだ無傷のようだ。

 だがよく見ると、震えているようにも見えた。


「痛てええぇええぇよクソがああぁああぁああ!!」

 ナイフが腹に刺さったままの男が叫ぶ。顔が腫れている男だ。

「ダチ二人もやりやがって、もう許さねえ!! ぶっ殺してやる!!」

 そう言うと懐からデバイスを取り出し、何かを操作した。


 次の瞬間、男の頭が消えた。ブチュっと壁に叩きつけられる何か。

 吹き出す血の噴水。

 デイヴィスが呑気に呟く。


「OGREか」

 勢いが減った噴水越しに、パーカー男の素顔が露わになった。

 その顔は目より下以外のパーツが全て機械に置き換わっており、人というより人形のように見える。

 ナイフ男の頭を吹っ飛ばした腕は鈍い光沢を放っており、おそらく足も胴体部分もそうなのだろう。要はほぼ全身がインプラント化されている。

 腕がくの字に曲がった男が叫ぶ。


「もう後悔しても遅いぞ。人造OGREのマックスくんだ!」

 男の声に呼応するかのようにマックスくんが雄叫びを上げる。およそ人ではない。獣だ。

 その威圧に安心したのか、男の顔が勝ち誇る。


「行け、マックス! ジジイとクソガキをぶっ」

 言葉は最後まで紡がれなかった。マックスくんがその剛腕でもって男を叩き潰したからだ。


 マックスくん、いやOGREの関心が俺等に向く。

 両目がそれぞれ独立して動く異形。

 焦点の合わない、感情が抜け落ちたその目で見られると、悪寒が体を駆け抜けた。

 予感——あ、俺死ぬ。


 フンっと鼻が鳴らされる。

 デイヴィスが俺とOGREの間に立つように一歩進んだ。

 遮られる悪寒。


「いいか、クソガキ」

 俺へ投げかけられた言葉。

「OGREといえど所詮、人だ」

 

 デイヴィスが右に躱す。

 少し遅れて風が俺に届く。OGREが左腕を振り下ろしたのだ。

 離れているから見える——奴はすでに右腕を振りかぶっている。


「危」

 声が出る前に、暴力の嵐は振るわれた。

 右、左、右、左と交互に振り回される鉄の腕。

 それだけでよろめきそうになりそうな風が、俺を叩く。


 「デイヴィス!!」

 俺の声は、同時に上がった勝鬨でかき消される。

 OGREの興味はすでに次の獲物である俺に向いている。

 それはつまり、そういうことなのだろう。


 目だけが人の面影を残す化物が、嘲笑の表情を浮かべながら俺に近づく。

 頭は働かないが、やるべきことは一つだった。

 俺は少しでも奴に対抗できそうな左腕を前に構える。

 多分、死ぬだろう。

 

 でも立ち向かわず死ぬのはゴメンだ。

 俺は復讐するために生きると決めたのだから。


 ふと、俺はこの数日で何回生きたいと願い、何回死ぬと覚悟させられたのかと、場違いな考えが頭に浮かんだ。

 思わず苦笑いをするが、化物の下卑た顔が近づくにつれ、体は震えが増していく。

 ただ、最後まで抗おう。反逆こそが弱者の華だ。


 俺は右手で左の義手を握りしめた。インプラントをつけた時に感じた全能感、あの感覚を思い出せ。

 アドレナリンが溢れ出す。目にフラッシュが瞬く。

 俺は自分を鼓舞するために叫びながら、地面を蹴った。


「うああああああッ!」

 吼えると同時に、左腕が熱を持った。同時に青い閃光が走る。

 熱を持った閃光は全身を飲み込み、必然、加速する。

 一歩。たった一歩で、景色が置き去りになった。


 OGREの動きが、コマ送りのように遅く見える。

 狂った瞳、振り上げようとしている右腕。その動作の筋肉の収縮すらも手に取るようにわかる。


 いける。左腕を叩き込める!

 だが――思考に、体が、制御が追いつかない。

 俺の体は、俺自身の意志すら置き去りにして、OGREの横を通過した。


「は?」

 間抜けな声が背後へ流れていく。止まらない。止まれない。

 ブレーキの壊れた暴走列車だ。目の前に路地裏の壁が迫る。


「ぐべッ!」

 そのまま俺は、路地裏のコンクリート壁に顔面から激突し、轟音を響かせた。

 左腕は刺さって抜けない。


「バカか、お前は」

 後方から呆れ果てた声。

 なんとか抜け出し、痛む鼻を押さえて振り返ると、デイヴィスが煙を吐き出し見下ろしていた。


「目を瞑って突撃する奴があるか。それに⋯⋯なんだ今のデタラメな動きは」

 デイヴィスの視線は俺ではなく、壁に残された破壊の後に注がれていた。コンクリートが、蜘蛛の巣状に粉砕されている。

 俺が? あれを?


「ハイハイしかできない赤ん坊だが⋯⋯。測定不可のCCIをもってるのは伊達じゃなさそうだな」

 デイヴィスがニヤリと笑った。それは初めて見せる、獰猛な「師」の顔だった。

 それよりもあいつはどうなった?


「デイヴィス! あいつは?」

 慌てて立ち上がり、周りを探る。少なくとも立っているのは二人だけだ。


「俺がこんな雑魚に殺されるとでも思ったか?」

 ⋯⋯はい、ちょっと思ってました。

 俺の心を読んだのか、不機嫌そうに鼻を鳴らされる。


「全身インプラントでも、脳は人のままだ」

 化物は死んでいた。


 その頭にはナイフが深々と突き刺さっている。即死だろう。

 漏れ出た血が俺の靴を濡らした。

 あたりはすっかり元の喧騒に戻り始めている。


 さて、とデイヴィスが呟く。

「お前はこの街で生きると言った」

 俺を見る。


「男に二言はないだろう?」

 俺は頷く。


「スラムはこういうところだ」

 デイヴィスが歩き出す。


「ハイハイですら暴走するお前に、歩き方を教えてやる」

 追えば後戻りはできない。

 ただ戻る場所もない。

 もうここが俺の居場所なのだ。

 俺は急いでデイヴィスを追いかけた。


  ◇2326年9月18日(木)23:12


 店に戻ると、デイヴィスが奥の扉を開けた。

「ここをお前の部屋としてやる」

 物置部屋だった。

 いや、ゴミ置き場だ。

 ゴミだらけ。埃だらけ。臭い。


 俺はデイヴィスを見た。デイヴィスは俺を見てない。

 デイヴィスが背を向ける。


「明日から忙しくなる。覚悟しておけ」

 扉が閉まる。

 俺はゴミ部屋を改めて見る。

 ゴミとそうでないものを分ける。全部ゴミだ。


「掃除、するか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る