Ch.1-1-3 測定不可

  ◇2326年9月18日(木)20:21


 スラムの夜は当然、昼よりもさらに危険だ。

 だが同時に昼以上に活気づき、夜行性の住人たちが賑わいをみせる。

 蛍光色のネオン看板は、それよりも地面に打ち捨てられたゴミを喧伝しており、路地裏では怪しげな影が蠢く。


 原料も工程も分からない、匂いだけはいっちょ前な食事を提供するレストラン。出自不明のメーカ保証も当然ないインプラントがぶら下がるテキヤ。

 夜のスラムはヒト・モノ・カネ、全てが混ざり合い、異臭を放ちつつ、銃声や笑い声が彩りを添える。 


 そんなスラムを我が庭の如くデイヴィスは闊歩していく。

 途中三人組の入れ墨とインプラントを誇示する輩に絡まれたが、デイヴィスがあまりに一瞬で一蹴したので、俺は幻を見たのかと困惑した。

 

 浮浪者、ヤク中、ポン引きに目もくれず、暫く歩くと喧騒が少し落ち着いた。つまり、よりヤバいエリアに入ったということだ。

 それでも歩みを止めないデイヴィスに、俺は必死についていく。左腕があるおかげで、バランスは取りやすい。

 十分ほど歩いたところでお目当ての場所についたらしい。


 看板には”Mikkelsen Implant Clinic”と掲げられている。インプラントショップ兼クリニックだ。ドアにはClosedのサインがかけられている。

 デイヴィスはサインを無視してさっさと店に入ったが、俺は一週間前の検査を思い出して、少し戸惑いを覚えた。いや、やめよう。

 俺も続いてドアをくぐった。


  ◇2326年9月18日(木)20:34


 ドア一枚隔てた先では猥雑なノイズではなく、場違いに優雅な旋律が空間を支配していた。繊細な弦楽器の調べ。電子音のノイズが一切ない、数世紀前のクラシック音楽だ。

 スラムの腐臭とはあまりに乖離したその音は、逆に神経を逆撫でする。


「⋯⋯眠くなる音だ」

「あら、お猿さんには高尚すぎたかしら?」

 奥から女性が歩いてくる。


「今日はもう店仕舞いよ」

「悪いな、ナオミ。もう少しだけ働いてくれ」

 ナオミ、と呼ばれた女性がこの店の主らしい。


 この街ではさほど珍しくない銀髪、メガネの奥に気怠げな紫の瞳が覗いている。白衣から伸びる両手は改造されているのか、ところどころ硬質な輝きを放っていた。

 人は見かけで判断してはいけない。ただこいつは美人だ。


「デイヴィスじゃない、珍しい。来るなら先に連絡してよ。左目の検診はまだ先のはずだけど」

「それはいい。今日はこいつを診て欲しい」

「ふーん。また厄介事ね。高くつくわよ」

 ナオミの視線が初めて俺に向いた。メガネ型デバイスで真正面からスキャンされ、居心地が悪い。その目が俺の左腕に止まる。


「あら。この子の左腕、結構前にあなたがハントした賞金首のやつじゃない? 確か”Crazy Dogz(クレイジードッグズ)”の——」

 無駄口はいい、とデイヴィスが遮った。

 そして顎をしゃくり、これまでの経緯を話せと俺に促す。

 俺は一週間前のあの出来事から今までを、二人に語った。


  ◇2326年9月18日(木)21:01


「でも、なぜ紅い目の男が俺を襲ったのか、全く身に覚えがない」

 一通りのことを話した。改めて思い返してみても、俺が襲われた理由は全く分からない。

 だが、デイヴィスとナオミはそれぞれ気になったことがあったようだった。


「CSFはHelixの子飼いだ。理由もなしに一般人を襲うことはまずない。まさか、お前の両親が実はOGREだったりってこともなかろう」

 OGRE。正式名称は忘れたが、”CC(Chimera Cell)”の暴走で精神が崩壊する病。

 俺の親がOGREなんてことはありえない。まだライブアイドルをやってる方が現実的だ。


「そんなことはない、はず。⋯⋯あるとすれば俺のCCIが測定できなかったから、かな」

 うつむき、自嘲気味に呟く。

 乾いた笑いが漏れ、怒りと虚しさが胸に広がった時、ふと二人が押し黙っていることに気付いた。


「CCIの測定ができなかったってどういうこと?」

 ナオミに尋ねられる。メガネ型デバイスは探知不可モードになっていた。


「そのままの意味です。十歳の時は数値がゼロ、先週は測定不可でした」

「それはおかしいわ。CCIは体内のCCを示す数値、ゼロなんてありえない」

 そうだ、現に左腕も動いている。


「だからお前のところに来たんだ、ナオミ。俺も検査のことは知らなかったが、こいつ——ジークにさっき左腕をつけたら、その場で動かしやがった。しかも元の自分の手のように」

「あなた、まさか麻酔もせずにインプラント装着したんじゃないでしょうね?」

 ナオミがジト目でデイヴィスを見上げる。その視線を無視して、デイヴィスがデスクに置いてあった未開封の缶を俺に投げつけた。


「潰してみろ」

 生身では到底無理だ。だが今の左腕ならいける気がした。軽く力を込める。


「⋯⋯CCIがゼロっていうのもおかしいけど、さっき装着したばかりの義手で、そこまでの出力を出せるのも大概おかしいわ」

 俺の手は缶を容易く握りつぶし、缶は俺の手のひらで球状の塊までプレスされていた。


「一度検査してみましょう」

 その顔は良く言えば好奇心旺盛、そのまま言えばおもちゃを見つけた子供のそれだった。


  ◇2326年9月18日(木)21:07


 店の奥にはリクライニングチェア型の手術台が数台置いてあった。

 すすめられたとおりそのうちの一つに腰掛けると、両腕が肘掛けに固定され動けなくなる。

 暗い部屋と顔を覗き込むナオミのうっとりとした表情が俺を余計に不安にさせた。


「安心して。初めてじゃないでしょ? なら痛くはないわ。多分」

「多分は勘弁して欲しい、かな」

 右腕に刺すような痛み。思わず声が漏れた。見ると、かなり太め針が刺さり、血が抜かれている。どうやらナオミはちょっとやばめな人らしい。


 デイヴィスを探すと、我関せずとばかりに、タバコをふかしながら店に散らばっているインプラントを弄んでいる。

 悪態をつこうと喉まで言葉が上がったが、なんとか飲み込んだ。

 

「⋯⋯確かにおかしいわね」

 途中、何度か胸と足首のパッドを貼り直しながらナオミが呟く。その目は診察台横のモニターに向いている。

 顔を上げてモニターを覗き込むと、いつか見たエラー表示が点滅している。


「やはり計測エラーか?」

 デイヴィスが計測器を叩く。後ろの灰皿に吸い殻が積まれてる。

 吸いすぎだジジイ。


「ええ。二回やってエラー。血液検査も別にしたけどそっちもエラー」

「計測器が古いんじゃないか?」

 ナオミがキッとデイヴィスを睨んだ。

「これでも大枚はたいて買った最新式よ!」


 確かに機体にはHelix Corpのロゴが光っている。

 ただ、自分の言葉で何か思いついたのか、部屋の奥へと引っ込んでいった。


 ガサゴソと何かを探す音。整理という概念を知らないのか、こいつらは。

 腕が固定され体の自由が効かないから音を探るぐらいしかできることがない。実験動物の気持ちを味わうのは飽きてきた。


 しばらくして戻ってきたナオミは、古臭い検針タイプの機材を持ってきた。時計盤のように円の外周に数字が並んでおり、針はゼロを指している。


「骨董品のCCI測定機を昔買ったのを思い出したの!」

 その顔は満面の笑みだ。頭と白衣は埃で汚れている。

 隣でデイヴィスが「ガジェットバカが」と小声で呟いた。


「さ、アナログ式の測定なら、CCIがゼロなのかどうかはわかるでしょう」

 そう言って手際よく機材を交換し始めた。

 確かにCCIは知りたいが、心の準備が必要だった。


「ちょ、待っ」

「待たない。さーて、ぽちっとな」

 ナオミがワクワクした顔でアナログ機械のボタンを押す。

 デイヴィスも興味深そうな顔で文字盤を見つめている。


 針は、測定上限値を一気に振り切り、止まった。


  ◇2326年9月18日(木)21:40


「——測定不可、だな」

 ポツリと、デイヴィスが漏らす。

 それが意味することはよく分からない。胸中はCCIがゼロではなかった安堵と、針が振り切ったことに対する不安がごちゃまぜだ。

 

「もう一度やってみましょう」

 真面目な顔に戻ったナオミが計測器をセットし直し、再度ボタンを押す。


 ギャリッ。


 不快な金属音が響く。針は緩やかな上昇など無視し、さっきと同様一気に測定上限値へ跳ね上がった。そして今回は止まらない。


「え? ちょ、ちょっと!?」

 ナオミの悲鳴。針は限界値のピンをへし折り、文字盤を削りながら二周、三周と回転を加速させる。メーターのガラスにヒビが走り、焦げ臭い煙が噴き出した。


「おい、止めろ」

「止まらないのよ! 暴走してる!」

 バチバチと測定器から火花が散る。

 それに共鳴して、周りの機器も点滅、ノイズを発し、さながらハッキング現場の中央にいるよう。

 俺の中にある”何か”が、狭いパイプに無理やり押し込まれて暴れている感覚を覚えた。


「きゃっ!」

 乾いた破裂音がナオミに悲鳴を上げさせる。

 ガラスが粉々に弾け飛んだ測定器は、黒煙を上げて沈黙した。

 周囲の器具の共鳴も終わる。


 静寂。


 ナオミは口を開けたまま、うんともすんとも言わない機械と、俺の顔を交互に見ていた。

 その顔は未知の病原菌を見るような恐怖——ではなく恋する乙女のそれだ。


「ナオミ、元トノヤマメディカルのドクターとして、この結果をどう見る?」

 デイヴィスが壊れた測定機を片手に尋ねる。


「ここまで極端に高いCCIは見たことないわ。トノヤマにいた時なら、即座にモルモットとして確保される」

「つまり?」

「つまり⋯⋯HelixがCSFを動かして、この子を攫うには十分すぎる理由だってこと」


 ガツンとギターで頭を殴られた衝撃。

 俺が原因であいつは襲ってきたのか?

 体を起こそうとするが、腕が拘束され動けない。だが、左腕の拘束はいくらか緩んだようだった。


「なんでCCIが高いだけで俺を襲うんだよ!?」

「慌てないで、今腕の固定外すから」

 ナオミが肘掛けを弄り、腕が解放される。

 俺の疑問にデイヴィスが答えた。


「CCIが高いということは、それだけインプラントも他生物細胞との融合ができるということ。メガコーポからしたら新薬や新兵器の実験動物として是が非でも欲しい存在だ」

 ただ、とデイヴィスが続ける。


「そうだとすると左腕だけ切り落としてお前を放置した理由がわからん。Helixが何を考えているかは知らんが、おそらく違う目的があるんだろう」

 計測器を指し、俺を見る。


「お前はCCIが異常に高い。”異常に”、だ。しかもそれをHelixはすでに知っている」

 考える時間は、与えられない。呼吸が浅く、早くなる。


「一週間前に襲撃された時に拐われなかったのは何か理由があるのかもしれない。ないのかもしれない。

——ただ一つ言えるのは、お前はこの街の支配者に狙われている」

 みぞおちが萎んでいくような感触。体が丸まりそうになったが、意志の力で背筋を伸ばした。


 頭の中はぐちゃぐちゃで、不協和音が暴れまわってる。考えられうる全てを考えているのに、口からは軽口しか出てこない。


「この街の王のHelix Corpに狙われるなんて、光栄だね。親と左腕で満足はできないのかよ?」

 なぜ? なぜ俺が? 俺が何をしたっていうんだ?

「逃げちゃえばいいのよ」

 ナオミが機器を片付けながら言った。


「この街から。別に他に街だってあるし、Helixだってよそではこの街ほど影響力はないわ」

「それも一つだろうな」

 デイヴィスが指を三本立てる。それは何かのカウントダウンのように見えた。


「お前のこの先の選択肢は三つ。ナオミが言ったとおり、この街を出ていくこと。この街で、スラムで、抗い、生きていくこと。あとは今すぐ死ぬことだ」

「最後の選択肢を取るなら、私が安楽死を手伝ってあげる。その代わり死体はいじらせてもらうけどね」

 ナオミが本気かウソか分からぬテンションでのたまう。ありえない。


 ⋯⋯他に選択肢はないのだろうか。時間ももっと欲しい。

 いや、多分、両方ともないのだろう。

 そもそも、それを考えても仕方がない。

 考えるべきは俺がどうしたいかだ。


 頭の中はまだコードが絡まってる。思考が思考を邪魔してる。

 二つのバンドが同じ空間で同時に演奏してるようなものだ。

 この部屋のBGMはクラシック、俺の頭の中はパンク。


 俺はデイヴィスを見た。

 スラムでたまたま出会い、助けてもらった恩人。明らかに訳ありだが、対話の扉を閉ざさずに居てくれた唯一の人。


 デイヴィスも俺を見た。

 その隻眼は俺の頭の中と同じくらい雄弁に見える。

 後悔、混乱、不安、怖気、——怒りと怨恨、決意。

 想いは俺に飛び火し、延焼する。

 脳に火が付く。余計な感情が焼かれ、思考がクリアになる。後に残るのは、最も大切なものだけだ。


 俺は、生きたい。

 死ぬなんてごめんだ。死んでいい理由なんて一つもない。

 これからなんだ、人生が面白くなるのは。


 俺は、生きたい。

 街をでる? そんなのあり得ない。

 俺はこのくそったれな街が好きなんだ。メガコーポはいけ好かないが。


 俺は、生きたい。

 生きて、紅い瞳の男を殺したい。

 両親を、俺の人生を滅茶苦茶にしたあの男を、同じ目に合わせたい。

 そうだ。俺は、俺が、俺の生き方を決めるのだ。誰にも邪魔はさせない。


「俺は、生きたい」

 拳を握る。

「この街で生きたい。生きて、あいつを殺したい」

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