Ch.1-1-2 コンマ一秒
◇2326年9月18日(木)09:46
デイヴィスが店から出ていった。開いたドアから新鮮とは言えないスラムの匂いと喧騒が飛び込み、俺の脳を揺さぶる。
直感する。ここが人生の分かれ道だと。
一週間前、よくわからないことに巻き込まれ、腕と親を失い、流れ着いたこの場所。おそらくここ以上は望めない。
俺にはツテも金もない、腕もない——物理的にも、技術的にも。デイヴィスが言ったまともな店で雇ってもらうことは、まず無理だろう。
ギャングなんぞもってのほかだ。片腕の男の使い道なんぞ、内臓を売られるのが関の山だ。男娼なんてクソ喰らえ。
どうにかしてここにおいてもらう必要がある。そのためには俺の有用性、必要性を証明し、認めて貰う必要がある。
何がある?
俺は改めて部屋を見渡した。
レイアウトは昨日見たまま。そして床やテーブルには昨日よりもゴミが更に散乱している。キップルまみれだ。俺からするとこんなところで生活するのは耐えられない。何よりスラムより少しマシなだけで臭い。
怪しいお薬のお陰で悪態が頭をよぎる程度には回復してきた。
で、あれば掃除くらいもできるはずだ。
「掃除屋ジークの腕前を見せますか」
エネルギーチャージのためチョコバーを食べる。何日か振りの固形物。うまい。
そして仕事に取り掛かろうと左腕の袖を捲くろうとして、もうないことに気付いた。⋯⋯とにかくやろう。
◇2326年9月18日(木)19:15
「何をした」
床の最後のタイルを磨き上げている時にデイヴィスが帰ってきた。 開口一番の言葉がこれである。
間に合った。部屋は蘇った。
パンクとは破壊だ。だが、破壊の後には再生が必要だ。
だから俺は再生にも責任を負わねばならない。
立ち上がり、デイヴィスの足——本来ならゴミの山で埋もれていたはずの場所を指差した。せっかく綺麗にしたところ、すぐ汚すなよ。
「人が住めるように掃除をしました」
「見れば分かる。なぜした? 俺は出てけと言ったはずだ」
憮然とした表情でデイヴィスがアタッシュケースを床に置く。俺は怯まない。ここが勝負どころだ。
「ただの善意じゃありません。俺をここに置くメリットを提示したんです」
部屋を見渡す。ゴミは消え、床は本来の色を取り戻している。消えない染みは元からあった模様。
ただ掃除しただけじゃない。
「デスク上のジャンクパーツ、種類とメーカーごとに分別しておきました。右のトレイはHelix規格、左は”Tiānqǐ(天啓)”の闇ルート品、ですよね? 見たことがないロット番号だった。
あと、壁の銃器。メンテナンスキットが埋もれてたので、すぐ使えるように手入れして並べておきました」
デイヴィスの目がわずかに細められる。スナック菓子のゴミを捨てたことなどどうでもいいだろう。この男が反応するのは、生存と仕事に関わる部分だ。
全うとはいえな仕事だろうが。
「あんたは腕はいいかもしれないが、整理ができない。いざという時、あるべきものがなくて、探し物をしながら死ぬタイプだ」
俺は切断された左袖をぶらつかせながら、デイヴィスを真っ直ぐに見据えた。
「俺なら、あんたがトリガーを引くコンマ一秒を短縮できる。掃除屋兼、見習いとしてどうですか」
沈黙。デイヴィスがゆっくりとタバコを取り出し、火をつける。紫煙が、綺麗になった部屋に流れていく。
「⋯⋯俺の道具に勝手に触るな」
吐き出された煙の向こうで、隻眼が俺を値踏みするように光った。
視線を切られ、俺を横切り部屋の奥に消えていく。
心に虚無感が広がり始める。
デイヴィスはデスクに並んだマガジン類やパーツを一つ一つ確認し始めた。
「ものの配置には美学がある。それを勝手に弄るのはタブーだ」
分からなくはない。俺だってHUDのレイアウトを勝手に変えられたらキレる。
男からのプレッシャーが強くなっていくのを感じる。
カチャカチャとブツの配置を直す音だけが響き、心臓は破裂寸前だ。
「お前、どこで武器の知識を手に入れた?」
「アカデミーの授業と友達との会話」
質問に端的にこたえられないやつはクズだ。
心象は、少しでも良くしておきたい。
「はっ。お前、Helix系列のボンボンか。中間層にそのまま居ても、すぐ死んでたかもな」
ジャキッとハンドガンに銃弾が装填される。
照準は俺。
拳銃越しの隻眼はタバコの煙でよく見えない。
不思議と落ち着いてた。だって綺麗にした室内をわざわざ汚すような真似はしないと分かっていたから。
だから手は上げない。片手を上げても格好はつかない。
しばらく俺をポイントしていた銃口は、満足したのかデスクにゴトリと戻された。
「マガジンの位置は悪くない。——荷物持ちなら、考えてやらんでもない」
だが銃は俺の許可なくいじるな、と一言付け加えられる。
内心ガッツポーズ。
どうやらアカデミーで培った知識は無駄にはならなかったようだ。
◇2326年9月18日(木)19:42
「言っておくがな、俺はけして整理ができないわけじゃない。する必要がないからしてなかっただけだ」
言い訳がましくデイヴィスがのたまう。
「掃除はどうとでもなるが、最近きな臭い仕事が増えてきた。これからを考えると荷物持ちを増やしてもいいと思っていたところだ」
男はそう言い放つと、ぷいっと背を向けて奥の扉に向かう。
流石の俺でもそれが何を意味するのか、すぐに分かった。
「ありがとうございます!」
「礼はいい。死んだらそれまでだ。ああ、まずはそこのアタッシュケースをこっちにもってこい」
ネクタイを緩めながら、ドア近くに置かれたケースを顎で示される。
持ち上げてみると見た目以上に重く、左腕がないこともあいまって転倒しそうになる。
なんとか踏ん張り、デイヴィスの元に運んだが、早速露呈した不具合に少し不安になった。上目で様子を伺う。
デイヴィスは無言で俺からケースを受け取ると、軽々と片手でデスクに乗せ、中身を取り出し始める。
タブレット、何かの書類、大容量記憶媒体。ピルケースに注射器、ナイフと拳銃。
一つずつ入念に確認している。確かに、その手つきからは掃除や整理ができないとは思えなかった。
最後に入念に拳銃を精査すると満足したのかタブレットと書類以外をケースに戻し、一息つく。
俺はその間沈黙を守り、デスクの横で突っ立っていた。
片腕のない荷物持ち。できの悪いジョークのほうが役に立ちそうだ。
いつ言葉を反故にされるかも分からない。
そんな俺を全く意に介さず、デイヴィスはタバコに火を付けるとおもむろに口を開いた。
「片腕だと不便だな」
「はい」
「ちょっと待ってろ」
そのまま奥の部屋に消えていく。
ガサゴソと何か探している音が、くゆる紫煙と不思議と共鳴した。
待ちながら音がする方向を見てると、ふと壁紙の一部が変色していることに気付く。
変色というよりかは、そこだけ日焼けしていない。貼ってあった何かを外して取った感じ。
掃除の時は⋯⋯確か写真が貼ってあったような気がするが、思い出せない。
何があったか考えていると、デイヴィスが戻ってきた。
「これをやる」
デイヴィスの手には鈍く光る義手が携えられている。
表面には無数の傷があるが、錆びている様子はない。比較的ランクが高いものは自己修復コーティング機能が付いてる。だからいいやつだろう。ただ少しとは言えない量の埃を被っている。大分放置されていたのだ。
「侵食型の左腕インプラントがあった。カスタムメイドではないからバランスは合わないだろうが、ないよりはマシだろう」
そう言って差し出されたインプラントを受け取る。
俺の内心は疑念と困惑、加えて興奮が渦巻いた。
「いいんですか? こんな高価なもの」
「俺は自前の腕があるから使わん。それに殺したやつの——いや、良いからつけろ」
不穏な言葉が聞こえた気がしたが、気のせいだろう。言われてみれば義手の周りに、嫌な感じのモヤが掛かっているのも目の錯覚だ。
「侵食型は接続部位に近づけるだけでいい。つけてみろ」
言われたとおりにインプラントの電源を入れ、左腕の切断面に近づける。瞬間、インプラントから無数の極細ケーブルが、まるで飢えた獣の舌のように蠢き出した。
「うっ、あ……!?」
舌が無許可で俺の体を犯してくる。舌だと思ったものはドリル。固くこわばった肉を抉り、奥へ奥へと入ってくる。
ミチミチと広がる穴。骨を削る振動。痛覚が直接絞られる。
思わず漏れた声は痛みのせいではなく、快感のせいだ。
異物が体に入り、蝕まれる一大事なのに、それ以上に快感の波が押し寄せる——光だ。
脊髄を駆け上がり、脳髄に直接ぶち込まれる黄金の光。
神経が強制的に接続される際に発火するスパークが、脳内でドーパミンの洪水を引き起こす。
『Connection Established……Sync Rate…Infinity……』
同化しようとする異物に対して、拒否感から吐き気を催す。
だが、反抗よりも受け入れることを選んだ体は、ご褒美の快楽に襲われた。
視界に極彩色のノイズが走る。熱い。痛い。気持ちいい、気持ちいい!
自分の肉体の境界線が溶け出し、鉄の塊と混ざり合う感覚。
今の俺は鉄だ! なんでもできる!
お前も俺だったのか、鉄よ。彼の記憶が俺に注入されていく。
俺が初めてじゃないな? 今まで五人の腕だったのだ、お前は。
永遠に続くかのようなトリップは、しかし一瞬で収束し、冷ややかな鋼の感触だけが残った。
ハァ、ハァ、と荒い息を吐く。気付けば体は床に転がっている。
一発どころか三連続でやったかのような疲労感と脱力感。
汗だくのまま顔を上げると、左腕には無骨な義手が鎮座していた。
指を動かす。まるで生まれた時からそうであったかのように、あるいは生身よりも遥かに滑らかに、鋼の指が俺の意思に従う。
バチバチと関節から漏れ出た青い光は、次第に小さくなり、消えた。
「⋯⋯すげぇ」
思わず呟いていた。
◇2326年9月18日(木)20:14
体感で一生分の痛みと快楽を経験したが、実際は十分程度だったらしい。何の体液かわからないが、びしょ濡れでうずくまった体を両手を使って起こした。
そう、両手だ。左腕は元から自分のものであったかのように、自然に、完璧に動作した。
右腕に比べると太いし長い。不格好だ。それでも動く。
「デイヴィス、ありがとうございます。すごい、前から自分の腕みたいに動きます」
ただ事前に痛むということは教えてほしかった、と毒付きかけたが、やめた。俺は礼節を知る人間なのだ。
指をグーパーしながらしげしげと見つめる俺は、厳しい視線を向けられているのに気がついた。初めて会った時よりも、更に攻めるような目。
こころなしか、俺を警戒している体勢。
「——お前は何だ? 前から自分の腕みたいに動く?」
「はい、全く違和感がない。まあ右腕と比べると太いし長いけど、そんなのは気にならないくらいです」
やっぱりCCIが”ゼロ”なんて間違いだったんだ!
俺の言葉にデイヴィスの目が更に細くなる。
まだ半分残っているタバコを一口吸い、もみ消すと、脱いだスーツを再び羽織った。
「ついてこい」
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