第9話 ざまぁの公開処刑(政治的に)
第9話 ざまぁの公開処刑(政治的に)
その広間は、冷え切っていた。
石の床。高い天井。
声はよく響くが、誰も囁こうとしない。
重たい空気が、喉に貼りつく。
「――宰相カレル・ヴァルディア」
名を呼ばれた瞬間、男の肩が、わずかに揺れた。
「あなたは、婚姻を口実に侵略戦争を計画・実行した罪で、
国際裁判に付されます」
通訳の声が、淡々と繰り返す。
「……ばかな」
カレルは、低く笑った。
「戦争など、どこの国もやっている」
「違います」
声を発したのは、リディアだった。
一斉に視線が集まる。
絹の衣擦れの音が、やけに大きく響いた。
「あなたは、“防衛”を装った」
一歩、前に出る。
「婚姻という私人の関係を、
国家侵略の道具にした」
カレルは、鼻で笑った。
「女一人で、何が分かる」
「分かりますよ」
リディアは、静かに答えた。
「条約も、証拠も、
あなたの署名も」
机に置かれた文書の束。
封蝋はすでに割られている。
「……偽造だ」
「鑑定済みです」
国際裁判官が、低く告げる。
「インク、紙、筆跡。
すべて、あなたの執務室のものと一致しました」
空気が、凍る。
「加えて」
別の裁判官が続ける。
「婚姻条約第五条により、
当該国が故意に戦争を誘発した場合、
その責任は全て、当該国が負う」
「よって」
一拍。
「宰相カレルは、
戦争犯罪人として失脚」
その言葉が、落ちた。
判決後。
城外の広場。
人々が集まっていた。
怒号でも歓声でもない。
ただ、ざわめき。
「賠償金は……?」
「金貨五万枚以上だそうだ」
「領土も……放棄?」
「国境の三領だと」
風が吹く。
紙が舞う。
国が、削がれていく音がした。
数日後。
自国の宮廷。
「……リディア」
王が、彼女を呼ぶ声は、以前より低かった。
「そなたがいなければ、
我が国は――」
「滅んでいた」
貴族の一人が、はっきりと言った。
「我々は、誤っていた」
「彼女は、英雄だ」
次々と、言葉が重なる。
「あなたのおかげで」
「感謝を――」
リディアは、黙って聞いていた。
香油の匂い。
磨き上げられた床。
数日前まで、自分を責めていた同じ口。
「……皆さま」
彼女は、ようやく口を開いた。
場が、静まる。
「ひとつだけ」
微笑む。
だが、その目は、冷えていた。
「私を疑ったこと」
一拍。
「忘れていませんよ?」
ざわり、と空気が揺れた。
「戦争が起きたのは、
私のせいだと言いましたね」
誰も、答えない。
「女が黙って嫁げばよかった、と」
視線を、一人ずつ、なぞる。
「……その言葉も」
沈黙。
「覚えています」
王が、息を呑む。
「私は、許しを乞いません」
リディアは、穏やかに続けた。
「そして――
簡単に、許しもしません」
それは、脅しではなかった。
ただの、事実の宣言だった。
その夜。
自室。
窓の外で、雨が降り始めていた。
静かな音。
イレーネが、そっと言う。
「……冷酷だと、言われるでしょうね」
「ええ」
リディアは、カップを手に取る。
温かい湯気。
「でも」
一口、飲む。
「責任を取らせなければ、
また、同じことが起きる」
「……それでも」
イレーネは、少し迷ってから言った。
「あなたは、憎まれ役です」
リディアは、窓を見る。
雨粒が、流れ落ちる。
「慣れています」
小さく、笑った。
「花嫁にされた時から」
宰相は失脚した。
国は、削られた。
世界は、「正義」を確認した。
だが、リディアは知っている。
――これは、終わりではない。
これは、
二度と同じ過ちをさせないための、記憶付けだ。
彼女は、もう泣かない。
ただ、覚えている。
誰が、
どこで、
何を言ったかを。
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