11. 夏 橋本 静 × 斎藤 直人

つ……ついに来ましたよ、この日。

世界コスプレサミット。WCS。


名古屋まで遠征?

関係ありません。推しのためなら距離など誤差です。


去年は惜しくも落選して涙しましたが、

今年こそは“私の推しの正しさ”を世界に叩きつけるのですよ。


そのために。


全身永久脱毛。

顔面スッピンになると産毛すらなくて、

直人に

「こえぇよ……人形かよ……」

と言われるレベルまで磨き上げました。


今日は私が主役になる日なのです。


――そこへ。



直人

「わりぃ。遅れた。

てかさ、なんで現地集合なんだよ……。

静はタクシー1本で来てっけど、俺は乗り継ぎ2本だぞ。」


「図々しいですね。はい、これ持ってください。

今日の帰りの服です。それがないと、私この格好で街を歩くことになります。

……嫌ですよね?」


直人

「わーったよ。

静様の言う通りにしますよっと。」


「わかっていればいいのです。

あとで“いい子いい子”してあげますから。

それに――例の機材のメンテも、無償でやってあげます。特別に。」


直人

「今日だけ饒舌だなお前……」


「当然です。今日は私の晴れ舞台ですから。」



そこに、コソコソと影が近づき……


???

「う……うるさん!?

うるさんですよね!?

ぼ、ぼく……ファンで……その、写真……お願いできますか……!」


静のSNS名=うる。

コス界隈ではそれなりに知られている。


直人はフードを深くかぶったまま、ちらっと少年を見る。


直人

(あー……同じクラスのやつだよな。名前……まあいいか。)


「おい、坊主。

写真はいいけど、タッチは禁止な。

最低限のルール守れよ。

守れねぇなら、二度とこういう場所に静――……“うる”を連れて来れなくなるからな。わかったか?」


???

「は、はい!!もちろんです!!」


「直人。あとでわかってますよね?

……聞こえてましたから。

ではポーズは……このキャラなら、こうですかね?」


???

「ひ……ひえ……!

し、刺激が強い……!!

あ、ありがとうございます!!!

一生の宝物にします!!」


直人

「よし、撮ったならとっとと行け。」


「まあ……今日は機嫌が良いので許します。」




夕方の街。

イベント会場の熱気がようやく引き、ふたりは近くのファストフード店に避難した。

席に座るなり、静はスマホを取り出し、通知音の洪水に目を細めている。


直人「まぁ…そんなへこむなって。来年もある…な?俺は静が一番…か…可愛いと思ったぞ…」


ハンバーガーをもぐもぐしながら、静が顔を上げた。


静「へ?凹んでませんよ?あの審査員たちが節穴なだけですから。めんたまついてるんですかねー。ほら見てください!こんなにフォロワー増えましたよ!真実を見抜ける人はこんなにいるのですよ!へへ」


直人は呆れ顔でポテトをつまむ。


直人「なんか心配した俺が馬鹿みたいだわまじで…ほら、今日の写真、危ういところは加工しといた。SNSあげるならあげとけ。帰りどうせ爆睡するんだろ?」


静「もぐもぐ……そうですね。一昨日からちゃんと寝てなかったですからね。メイク取ったらこんなクマあると思いませんでした…帰りもボディガードよろしくお願いします…もぐもぐ……先に報酬のナデナデしときますか?」


直人「ちょ!!!ここ家じゃねーんだからそれやめろって!……あ…後で頼む。」


静はストローを咥えながらにやりと笑った。


静「ふふ。素直なのはいいことですよ。流石若き期待の星さんは違いますねーー」


直人「その敬称で呼ぶなって。俺は普通でいいんだよ、うるさんよー」


静「はーーい♡うるでーす♡ 直人くんですね?そんな照れなくていいのですよー♡ ちゅーしますか?」


直人「営業モードとリアルを混ぜるな!俺はうるにはなんとも思ってねー。とゆうかこんな場所でそんな話すと炎上するぞ。自覚持て自覚を!」


静「……細かい男ですねー。マネージャーなのですか、もう。また学校で密かに守ってくれるのは知ってるんですからねー。ヤンキー君、ぷぷっ」


直人「ほんと、学校とのキャラの違いだよ。ほら、あいつ。漫画いつも書いてるやつ、うるがお前って知ったら写真とりまくるぞ今日みたいに……ははは」


静「zzz」


言い返す間もなく、静はテーブルに肘をついたまま静かに寝落ちしていた。

直人は小さくため息をつき、空になった紙コップを片付けながら、その横顔にそっとパーカーをかける。


直人「突然寝るのはいつもどおりか……」


ふたりだけの他人には見えない距離感が、揺れずにそこにあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る