10.夏② 豊嶋 希美 × 高橋 樹
──自宅・正午。兄と、そして小さな本音──
祭の日に、正午から浴衣と格闘してる自分って、なんか笑える。
でも、一応さ……礼儀、だよね。
こんなうちを誘ってくれるやつなんて、千葉以外じゃレアなんだから。
「おっ、希美。祭行くのか?」
兄が洗濯物を抱えたまま、当然みたいに入ってくる。
「ほんとお前、見た目だけはマジで美人だよな。兄妹だと思えないくらい脚なげーしな。……男出来たんか?」
「男!?そんなんじゃないし!千葉の友達が誘ってくれたんだよ、悪いか!」
帯をきゅーっと締めながら言う。
「たまには綺麗に着飾ったっていいでしょ。関係ないじゃん、お兄ちゃんには!」
「はいはい。……あー、あのキャンキャンうっさい子犬の友達か。はは」
適当な返事。
うち、この“軽さ”に小さい頃から振り回されてきたんだよな。
「とりあえず、まぁ楽しんでこいよ。うちみたいな家であんな高校いける頭あって、性格は別として見た目は綺麗なんだから、ひっかかるやつくらいはいるだろ。はは」
「悪かったね。性格は男っぽくて!誰のせいだと思ってんのよ!」
振り返る。
「お兄ちゃんが“いつか生えてくっぞ”って言うから信じてたらこうなったんだぞ!」
兄はあくびしながら手を振る。
「まぁ、俺は明日も早ぇからダラダラしてるわ。おやすみー」
……ほんと。
うちだって家にお金入れてるのに。
家事もうち。
兄のからかい相手もうち。
不平等、すぎる。
「見た目だけは、か……」
ぽつり、口からこぼれた声に、自分でびっくりした。
真奈ちゃんが、樹くんのこと好きなの知ってるのに。
なのに、うちは今日ウキウキしてる。
カラオケで樹くんが歌った歌、家帰って即ダウンロードして、歌手ごと好きになってる自分がいた。
──これ、誤魔化せないよね。
真奈ちゃん、ごめん。
もし今日、押されたら……
うち、断れないかもしれない。
通信アプリが震えた。
樹
『そろそろ準備してるかな?
俺はもう家出るけど迎えに行こうか? 一人だとナンパされちゃうかもだしね。』
迎えに……?
やば、心臓の音うるさい。
『ん。大丈夫。うちもそろ出るし。浴衣だから歩くの遅いかも』
樹
『浴衣!!ほんと楽しみ!
俺も一応浴衣きたけど似合ってないかも?
じゃあ駅で待ってるね。なにかあったらすぐ連絡して。』
『うん。』
……なんでだよ。
なんで本調子で話せないんだ、希美。
らしくねーよ。
「お兄ちゃーん!行ってくるから!」
台所に向かって叫ぶ。
「ご飯は冷蔵庫に入ってるからチンして食べなよ!
残ってたら明日から作らんからね!」
兄がひらひら手を振るのが見えた。
……その雑さに、ちょっとだけイラッとする。
でも浴衣の裾を握り直すと、胸の奥がすこしだけ熱くなった。
今日、変わるんだろうな。
うちの“夏”が。
駅前はちょうど人が増え始める時間で、浴衣の子たちもぽつぽつ見える。
胸のあたりがざわざわして、帯がきついのか気持ちが落ち着かないのか、よくわかんない。
――着いちゃった…。
いや、来るって言ったのはうちだけど。
樹くん、浴衣似合うだろうな。スタイルいいし、顔は整ってるし、たぶん自覚ないけど無意識に人を惹きつけるし。
通信アプリ
希美「ついた。どこ」
樹「え?あっ見つけた。いく」
樹「わっ!」
希美「うわっ!? なになに……樹くんかよ。びっくりさせん…させないでよ! 樹くんもこうゆうことするんだ。流石千葉のダチだよ。」
樹は浴衣を着ているだけで、なんか“完成されてる”。
髪も少しだけ崩してあって、無造作なのに似合ってるし、ずるい。
樹「んー? 千葉っちは今日忘れよ! ちょっと浴衣姿にびっくりさせられちゃったから仕返しー あははは」
ほんとに“普通の男子”って感じで笑ってるのに、
視線だけはちゃんとうちの浴衣を見てて、なんかくすぐったい。
希美「はぁ…行くんでしょ! 早く行くよ! こんなとこで二人きりなの誰かに見られたらどうすんのさ! あいつら付き合ってんじゃね? 言われっから早く!」
樹「ボソ…俺は希美ちゃんなら、そう思われたいけどな」
希美「え? なんて? 声小さいからー いいから、ほら!」
樹「はは。なんでもなーい! 行こうか。希美ちゃん今日はよろしくお願いしますっ」
……は?
なんだよ。
何をよろしくされたのかさっぱりだけど、心臓がうるさい。
──── 祭り会場前 ────
屋台の匂いが風に混じって、夕焼けがぼやけて見える。
人も増えてきて、視界の端に“やたら綺麗な人”が立っていた。
???「あの…落としましたよ。ほら、とったげて」
フード深めの男「お、おう。ほら、金なんか落とすなよ。祭会場気が緩むかも知れんが危ないから気をつけろ」
うわ……なんかすっごい綺麗な人。
どこかで見たことある気がするけど、気のせいかな。
目が合いそうで合わない、なんか浮世離れした雰囲気。
樹「ありがとうございます。忠告ありがとうございます、大人の意見はちゃんと参考にしますね」
その言い方が妙に丁寧で、ふたりして顔を見合わせてしまう。
「「ぷっ」」
フードの男「お…おう! ガキにしてはなかなか礼儀正しいな。じゃあ俺ら行くわ。」
ふたりが去って、また祭りのざわめきだけが耳に戻ってきた。
浴衣の帯がきゅっと締まる感じがして、なんか変に意識してしまう。
樹くん、今日はやっぱりずるいほどカッコいい。
花火の音が遠くで鳴り始めて、
会場の灯りがゆっくりと薄暗くなっていく。
手の中のたこ焼きのパックが、なんか妙に熱い。
さっきまで普通に歩いてただけなのに、胸の奥がざわざわする。
──なんだろ。
樹くんって、学校の“完璧王子”じゃないんだな……
金魚すくいで全力で突っ込んですぐ穴あけたり、
射的で「なんで落ちないの!ねー!」って本気で怒って散財したり。
そんな姿、見たことなかった。
なんかこっちまで笑わされて、
“こんな彼氏いいな……”とか思っちゃってる自分がいやだ。
そこへ。
樹
「希美ちゃーん。ごめんごめんお待たせ。はい、たこ焼きとコーラ!
口開けてー、ほら!」
希美
「ちょっと!?それ焼きたてでしょ?無理無理無理!口死ぬからそれ!!
むぐっ……あっつ……ばか!! お返しだこのっ」
樹
「あーーーん! あっつーー!!
ほんとだ!ごめんってーーあはははは」
──ああ。
なんかいいなこれ。
カップルって、こういうのなんだろうな。
ふいに、樹がまっすぐこっちを見る。
樹
「ね? 真剣な話なんだけど……聞いてくれる?」
心臓がバクって跳ねた。
これ、絶対そうだよね。
だめだよ、こんなの。
希美
「無理無理無理! 真奈ちゃんどうすんのさ!」
樹
「真奈ちゃん?なんで真奈ちゃん?
俺ね、希美ちゃんと付き合いたい。
ずっとこうやって笑い合ってたい。」
──ずるい。
ほんと、ずるいよ。
希美
「真奈ちゃんの……ほんと気付いてないのっ……?
うち、今のまま付き合うのは出来ない。ごめん。
このまま付き合うのはうちがうちを許せないんだ。
ただ……ちゃんと距離を取ってからなら、
1%くらいならチャンスあげる。」
樹は少し黙って、それからスマホを差し出した。
樹
「距離?
真奈ちゃんと付き合うことはないよ?
みんなで遊んだりはするけど……
わかった。俺のスマホ見て。
これ、希美ちゃん以外とは二人でなんて言ってないし、
期待させないように“みんなで”って毎回伝えてる。」
画面に並ぶ文が、ぜんぶ優しくて正直で。
何も言い返せなかった。
──うちだって好きだよ。
このまま付き合いたいよ?
いいの?希美。ちゃんと考えろよ。
希美
「ん。
今晩焼肉食べて家まで送って。全部奢って。
そうしたら答え聞かせてあげる。」
樹
「え?まだ食べるの?
焼きそば、オムそば、たこ焼き、お好み焼き、りんごあめ……
流石に太──」
希美
「あ? 食べるっ!!
そんなん言うんなら答えてあーげない♡ 樹。
うち重たいからね?
体重とか言ったら殴る。」
樹
「ごめんなさい!!!!!」
花火がドーンと開いて、
二人の影がほんの少しだけ、寄り添って見えた。
ブランコをぎい…ぎい…小さく揺らしながら、
うちは満腹のふりして誤魔化してた。
「あーーー食べた食べた!!
上カルビ10人前でしょー牛タン5人前、ホルモンでっしょー
もういつ人生終わってもいいー」
ほんとは。
花火のときからずっと心臓が落ち着かないだけ。
樹が隣で、ペットボトルの水を半分くらい一気に飲んでから言った。
「なんで、、そんな細い身体にあんなに入るの。
人生終わっちゃダメだからね?
俺まだ答え聞いてないよ!」
……だよね。
逃げられないやつだ、これ。
「あーーそうだったね。
うん。ちゃんと答えるね。」
ブランコの鎖を握った手に汗がにじむ。
こんなに緊張したこと、高校入って一度もなかったのに。
「まず、、、不束者ですがよろしくお願いします。
うち、男みたいだし、可愛げない。強がりだし。
でもね? うち、樹なら素直になれそうだと思った。
わがままも言う、殴るかもしれない。」
(たぶん殴るな。うん。)
「でも……うちが、樹を守る。
樹を幸せにしてあげる。」
口に出した瞬間、自分で自分にびっくりした。
どこから出てきたんだよ、そんな台詞。
「バイト先の先輩がね?
“恋愛はお互いの我慢が長続きの秘訣だ”って言ってたの。
何言ってんだわからねー思ってたんだけどね。
今はなんとなくわかるんだ。なんとなくね!」
あーーーーもう!
しみったれてる!
希美らしくない!
「あーー!!しみったれてるーー!樹!….好き。
たまにしか言わないから噛み締めとけ♡」
樹は一瞬固まって、それから顔を一気に真っ赤にした。
「……やっぱ…..え?OKなの!?
やったーーーーーー!ねーもっかい!!」
うちは思わず吹き出した。
「ばーーか♡
次は28万光年先だばーか♡」
「アンドロメダ星雲届いちゃうよ!?
ずっと一緒てことかー」
その瞬間、もう隠せなかった。
「ちゅ」
期待してたくせに、めっちゃ嬉しそうに呆けてる顔。
「これで許せばーか!」
ブランコの揺れより、
胸のほうがずっと落ち着かなかった。
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