5.春 2-C 笹森 薫

校門をくぐった瞬間、張り紙の白さが目に入った。

 あっ、新クラスの掲示板。あそこに行けばいいんだよねー。


「……あ、佳奈みつけたー。あそこ行けばいいのかな」


 でもその横、なんか騒がしい二人がいる。

 あの子たち、A組の時から目立ってた気がする。

 背の高い騒がしい男子と、気が強そうな女の人。


(……今年は楽しそうだなー)


 それにしても、お腹すいた。

 朝ごはん食べたのにー、なんでこんな早くお腹すくんだろ。

 胸ばっか大きくなって意味ないのにー。

 エネルギーってどこに消えてるのかなー。


 クラス掲示板の前に着くと、佳奈がちょうど番号を確認していた。


「佳奈ー!あー良かった。同じクラスー!」


 振り向いた佳奈が、ほっと笑った。


「薫、今年もよろしく。ふふ……新学期早々、元気だね」


「元気じゃないよー?お腹すいてるだけだよー。

 ねぇ佳奈、今日の学食なんだと思う?私、唐揚げの気がしてるんだよね。

 あ、でも遠いんだよねー、2-Cって」


「学食の心配するの早すぎじゃない?」


「だって大事じゃん?お昼を制す者は一年を制すんだよー」


「そんな名言初めて聞いたけど」


 佳奈と話してると、会話が“ぴたっ”て形になる。

 会話の形が綺麗にカチッと収まる感じがして、なんか好き。


 そのとき――


「ボケ!?いや待って、それ時間じゃなくて距離だからね!?

 100万光年は距離!俺そんな遠いのーー!?!」


 廊下の向こうから爆音が響いた。


(ふふ、この子、A組の頃から思ってたけど楽しい子)


 横を見ると、佳奈が「びくっ」と肩を跳ねさせている。


「佳奈、大丈夫?びくってした」


「ううん、大丈夫。ちょっと驚いただけ」


「だよねー。あの人、声だけで教室揺らせそうだもんね」


「そんなこと言ったら失礼だよ」


「えへへ。でも本当だよー?」


 新しい一年。

 掲示板の前で、なんとなく胸の奥がふわっと軽くなる。


(今年はなんか違う年になりそー……楽しみっ)





あっ、佳奈こっち見たーー!

気付くかな? 私は佳奈がこっち見たの気づいたよーー!

ふりふりー……ってしても反応してくれないなー。

むぅ。佳奈はいつも通り“学校モード”だね。

家にいるときはもっとふにゃってしてるのに。

学校だと急にキリッとするから、なんか面白い。


写真で盛り上がってるあのあたり、

たぶん“中心グループ”ってやつなんだろうけど……

あれ? あんなに賑やかなの、去年はなかったのになー。


(やっぱこのクラス、ちょっと変わってる)


「佳奈ー!見た?真奈ちゃんの顔!」


「見てない。……そんなにすごい写真なの?」


「すごいよー!多分あれ、伝説になるよー?

 でも真奈ちゃん可愛いから“変顔ギャップ”ってやつで逆に人気出るかも!」


佳奈が眉を下げて苦笑する。


「……薫は本当に、何でも前向きに考えるね」


「えへへ。いいことは拾ったほうが得だよー」


そう言ってる自分でさえ、

(うわ、また騒がしいなー)ってちょっと思ってるのに。

でも……嫌じゃない。

むしろ、こういう“勝手に流れが生まれる場所”って

見てるだけで面白い。


「千葉……なんか面白いことやって目立つように、

 いつもみたいに犬みたいに走り回ったり」


「えっ? 犬!? 俺そんなことした!? えー、わんっ!」


「うるさい。ハウス」


「ええーーーー!?!?!?」


えっなにそれ!?

お腹痛いんだけど。

あの二人、すごいね。漫才?

息の合い方がもう夫婦レベルだよ?


……ていうか千葉くん、わんって何。

素直すぎない?

あれだよ、雲見て“ソフトクリームみたい!”って言っちゃう私と同類だよ。

あ、じゃあ仲良くなれるかも。

わん友だね、わん友。


(でもこのクラス、ほんと変わり者だらけだなぁ)


真奈ちゃんは変顔で伝説作ってるし、

希美ちゃんはギャルで毒舌バチバチで、

佳奈は“完璧な外面”をまとってるけど、

内側は……うん、私の知ってる佳奈。

静さんは……あの子、ちょっと気になるなぁ。

雰囲気が似てる。

空気の“静かなとこだけ見てる子”って感じ。


みんな違ってみんな変。

変わってるのに馴染んでる。

パズルみたいに、変な形のピース同士が

勝手にくっついていくみたい。


(このクラス、好きかも)


いや、まだ始まったばかりなんだけどね。

でも、なんとなく分かるんだよ。

“楽しくなる予感”ってやつが。


「佳奈ー!席移動しよー!風当たるとこ!」


「薫……まだ席、誰も動かしてないから」


「えー、いいじゃんいいじゃん。窓辺に行きたいよー。

 風がね、今日は気持ちいいの」


「薫は本当に自由だよね……」


「自由じゃなきゃ楽しくないよー?」


佳奈が小さく笑った。


その笑顔を見るだけで嬉しくなる。

私の世界は、ひらっと軽くなる。


視線を前に戻すと、

千葉くんがまだ“ハウス”の意味で悩んでる。


(ほんと可愛いなぁこのクラス)


今年はなんか違う年になりそー。

絶対楽しいっ。

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