三隣亡
Bが目覚めるとAはその場に居なかった。
暫くしてAが戻って来るとその手には黄色の花が握られていた。
「貴方って生け花の資格持ってたわよね。外でこれを見つけて思い出したの」
そう言って鋏で茎を鋭利に切った。
「私はセンスが無いから上手く出来る自信が無いんだけどこんな感じで良いかしら」
先程切り落とした茎の切っ先をゆっくりBの顔へ向けた。
それは次第にBの左の瞳へと近付いた。
いつかの拍子に外れた眼鏡、浮腫んだ瞼が被さり小さく露出する瞳。Bの視力ではそれが黄色の花であることしか分からなかった。
Aもこの花がセント・ジョーンズ・ワートであることなどは知らない。ただ近くで見つけた根茎の硬い花を摘んで来ただけだった。
すうと差し出された切っ先がBの瞳に到達しようとした。が、そこで僅かに方向を変えるとBの頼りない耳へと掛けられた。
「うん。良く似合うわね」
Aは微笑んだ。
外から車が砂利を踏む音が響く。
Aは立ち上がり外を確認するとBへ歩み寄った。アンプルを二つ、注射器を二つ手にしていた。アンプルの中身をそれぞれの注射器に移すとBの耳元へ顔を寄せる。
「良いことを思いついたの。折角だから乾杯しましょうよっ。カンパーイって。ほらカンパーイ、さぁ言ってほらカンパーイってねぇほらっ乾杯よっふふっ」
最早意識朦朧のBが掠れ掠れに言う。
「か……はあ……ひ」
満面の笑みでAは答える。
「あらぁ上手ねっふふふ、はぁーい乾杯」
Aは縛り付けていたBの右腕のガムテープを解いてから、Bの左腕に注射針を刺す。そのプランジャーにBの右手を添えさせる。
「じゃあ私が持っててあげるから自分でここを押してみて。ねっ難しくないわ。ここを押すの。ほら頑張れっ頑張れっ」
何も分からずに言われるがままBは右手に力を込めた。
「あぁもうとっても上手っ。良く出来ましたー。偉いねぇ偉いねぇ」
Aは正面からBの目を見て子供を褒めるかのようにとても嬉しそうに溢してから、ぴくりぴくりと僅かに痙攣しているBの耳元へぬうとナメクジが這うかのようにその顔を近づける。
かぱあと開いた口からは先程まで誰かが座っていた座面のように生暖かく、外耳道の奥までふやけそうな程に湿度の高い息を吐いた。
そうしてとても小さく、その輪郭は空気に溶けてしまうか弱さで、耳介の端で何かが震えた事を僅か感じ取れる程度の違和感の、音と言葉の境界を、もう直に食べ終わるであろう齧りかけのパンのようなBの耳へと吹きかる。
「地獄で続きを楽しみましょうね」
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