「おはよう。よく眠れたみたね」


 Aは笑顔をつくり機嫌が良さそうに言った。

 Bは繰り返し投与される輸液の影響で全身に浮腫を起こし、パンと張り詰めた皮膚を突けば水が噴き出すのではと錯覚する程に腫れ上がっていた。

 「私ね心配だったの。ほら貴方って凄い偏食じゃない。パンしか食べないんだもの、ガリガリで可哀想だと思ってたのよ。でも良かったわ高カロリー輸液の効果が出たみたい。とっても素敵だわ」

 そう言ってからAは小ぶりなペッボトルを手にすると、外の明かりに透かすように自身の顔前に掲げた。

 しばらく眺めると開栓をしキャップを放り捨てる。

 つたつたとBの前に立ち口に貼られたガムテープの端を雑に摘んだ。びちりと肌が引かれ、長方形の赤い跡が残る。

 噛み切る度胸などないことは分かっているが、それでも詰め込んでおいた布を口腔から引きずり出す。

 瞬間、Bは怒気を込めて言葉を発しようと口の形を変えた。何らかの母音が発声られようとしたがAは間髪を入れず平手で頬を叩く。

 汚らしく摘んでいた布を離すと、唾液を限界まで溜め込んだその布は重く、数本糸を引きながら地面へとぺちゃりと落ちる。

 Bは短く息を吸い再び口を開く。

 Aは即座に平手で頬を叩く。

 平手が過ぎる。平手が過ぎる。平手が過ぎる。平手が過ぎ。

 Aの右掌が右から左に振り抜かれる動作を四十四回繰り返すと辺りは静かになった。

 右手でBの下顎を覆うように掴むと指先に力を込め両の頬を押す。間抜けな形に開かれた隙間。

 Aは左手で摘んでいたペットボトルをクルクルと廻し中の液体を回転させ、おもむろに自身が作り出した隙間へペットボトルの口をねじ込むと、中身が全て入るよう下顎を覆っている右手を持ち上げる。

 かぽこぽと液体が全て入ったのを確認すると、ペットボトルを投げ捨てた左手は頭部を押さえ、右手は下顎を包む形に変えると口が開かないよう両の手に力を込めた。

 両手で挟まれた間にあるBの顔はそれを振りほどこうと藻掻いている。

 だがAは決してその手を離さない。Bの口が開かぬよう込める力は益々増していった。

 Bも必死の抵抗を続けたが次第に疲れ、気が緩んだ瞬間に口内の水分を飲み込んでしまった。ごくんと喉が動くのを確認したAはその手を離した。

 再びBの口内に布を詰めるとガムテープで口を塞ぐ。

 そうしてあのキャンピングチェアへ戻ると新しい箱のフィルムを剥がし銀紙を除いて煙草を引き抜いた。それを右手の人差し指と中指の間に挟むと、その手をクルクルさせながら鼻歌を溢した。

 それから数刻経過した頃、Bが苦しむ様子を見せ始める。顔は苦痛に歪み何かの痛みに耐えてるようだった。

 Aは「ああこれだ」と思っていた。

 自分が何かをしたかったのではない、勝手に苦しんで勝手に苦痛を感じて欲しかったんだと。


 Aは最早何もすることはなかった。

 ただ煙草をふかしては外を永遠と眺めていた。

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