空は曇天。

 割れた窓から流れてくる風はやや冷たさを帯びていた。


 Bの目覚めと共にAは16ゲージの穿刺針をシリンジへ嵌め込む。すると予備動作なしにBの右胸部をそれで突いた。第四肋骨を避け上葉部を狙ったつもりだったが実際には第六肋骨の上を滑り中葉に刺さった。

 穿刺針からシリンジを外すとその上から紙テープで根元まで刺さっている針を固定した。

 針穴部の紙テープだけを別の注射針で突いて破いた。Aはその穴に軽く手を添える。

 Bの呼吸に合わせて僅かに空気が漏れ出ている。

 Aはそれを確認するとキャンピングチェアに座り小箱を取り出す。赤と白のラベリングで構成されたその箱から煙草を一本取り出し、横摺りのライターで火を着ける。深く吸い込み前方に吐き出す。薄い煙は水面にインクを垂らした時のように広がっていった。

 煙草を一本吸い終わる間Bを観察していたAは思う。

 つまらない。

 目の前のBは鼻呼吸を荒くし確かに息苦しそうだが、ただそれだけだった。

 Aはかつてに観た映画があった。記憶は朧けで物語の内容も題材でさえ覚えてはいないが一つ鮮明に覚えている部分がある。

 ある兵士の肺に穴が空き気胸状態になり身動きが取れなくなる。それを別の兵士が胸に穴を開けドレンを留置して、胸腔に貯留した空気を排出する仕組みを即席で作った。胸腔に空気が溜まり苦しくなるとドレンのレバーを捻る。するとぷしゅと音を立てて空気が出てくるシーン。

 Aはそれを観た時に「面白い」と思った。

 ただ、どうだろうか眼前のこれはあのシーンに比べると随分とつまならい。確かにあの兵士は気胸であり、一度貯留した空気がまとめて抜ける。ひこひこと浅い呼気と比べれば勢いに差があるのは当然であり想定内ではあった。しかしもう幾ばくか呼吸が辛くなることを願っていたのだ。

 Aは立ち上がるとふらと何処かへ行った。

 暫しして戻って来るとBの胸に留置した穿刺針へ手に持っていたシリンジを接続した。そのシリンジはプランジャーが引かれており、本体には透明の液体が見て取れる。

 Aはゆっくりとプランジャーを押した。少しずつ減っていく液体が全て注入される前にBがわなわなと咳き込み始めた。

 その咳き込みは激しさを増し、溺れているかのように悶え苦しむ。塞がれた口の代わりに鼻孔と瞳からは水分が滴っている。

 それは先程Aがこの建築物の目の前に広がる湖から吸い上げてきた水なのだろうか。

 それとも嗚咽に伴うBの体液だろうか。

 はたまたその両者か。

 Aはその姿を数分観察しキャンピングチェアへと戻るとその向きを反対へと変えた。Bに背を向ける形で腰掛けると横摺りのライターの音を奏でる。

 自然の中に取り残された無機物が作り出す静寂に傾聴しながら繰り返し白い息を吐くのだった。

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