Bは目覚める。


 Aは手元で何かをしている。

 それは釣り針にテグスを結わえていたのだ。

 Aは釣り針の先をBの左の耳朶に当てる。ぷちと破れた皮の感触が指に伝わった。人間の肉は思いの外に硬い事を知っているAはゆっくりと力を込めて捻じるように針を押し込んでいく。耳朶の裏の皮が貫通されると針の曲線通りにぐるりと込めた力が抜けた。針穴にぎちりと食い込む肉と皮からは伝うように濃い真朱が溢れてくる。

 それが自身の手に着いた事に気付くとAは舌打ちをし、リールを掴むと天井に剥き出されているスプリンクラー用の配管目掛けて投げる。一度目は届かずリールが虚しく床を打つ。二度目、三度目、四度目で放たれたリールは配管を越え、テグスを配管に跨がせる事が出来た。

 Aは落ちて来たリールを拾い上げると慎重に長さの調節をする。地面からおよそ一メートル半に当たりをつけるとそこにプラスチック製バケツの取っ手を結わえた。リールをバケツの中に落とし手を離す。目算通り宙にぷらぷらとバケツが浮くのを確認すると満足気な息を漏らした。

 Aはこつこつとそこから離れると、適当なコンクリート片を掴み宙のバケツへ向け放物線を描くよう放った。

 それは億劫でゴミ捨てに屑塵を放るかの仕草だ。

 Aが手放したコンクリート片はバケツに触れる事なくカンと音を立て転がっていく。同様に数回、目ぼしいコンクリート片を放ったが掠りもしなかった。

 Aは別のバケツを手にすると何処かへと消えていく。

 残されたBの唸りが反響して響くがやがて諦めたのかそれも無くなる。

 重そうにバケツを提げ戻って来たAは中身を床へとあけた。

 それはバケツ一杯の小石だった。

 Aはバケツ四杯分の小石の山を作るとしゃがみ込み宙のバケツへと放る。ゆっくりと繰り返し繰り返し。

 カンという音の中にコンというバケツを掠めるだけの音が時折混ざる。

 コンという音の頻度が増した時、ガコンッという音が響いた。受けた運動エネルギーでしばし暴れた後の宙のバケツは先程より僅かにその位置を下げている。

 幾つか目の石が宙のバケツへ入ると、一拍の後にドンと大きい音を立てバケツが地面へと落ちた。

 Aはバケツを支えていたBの耳朶を確認する。どうやら重みに耐えかねたのはテグスのようだった。

 Aは再び釣り針、リール、バケツの準備をする。今度は先程より耳の外周の際を狙って針を通した。

 また時間を掛けて石を放りバケツが落ちる。次に重みに耐えかねたのはBの耳朶の方だった。Aは同様のことを繰り返し繰り返し行った。

 それは日が沈み辺りを暗くするまで行われた。

 握り潰したトマトにも見えるBの耳介には、テグスが先に切れてしまった時の釣り針が左右合わせて十七残っていた。


 Aはもうほぼ針を掛ける場所の無くなった両耳を眺めて小さい溜息を吐き、Bの右の眉尻を摘んで肉を寄せた。厚みがある為か耳の軟骨部より数段硬く、貫通させるのに手間取る。ぐりぐりと抉るように執拗に力を込め釣り針を通した。

 手に着く血を擦り付けるかのように雑にBの服で拭いた。

 Aは一際に大きい石を拾い上げると今回は放らずにそっとバケツへと入れる。出来るだけ瞬間的な衝撃がないよう静かに。大きい石を選んでは次々にバケツへと入れていく。ゆっくりと負荷を掛けていったテグスは従来の耐荷重をゆうに超えた重さを支えている。

 この日一番の重く大きな音を立てバケツが床に落ちる。Aが振り向きBの顔を確認すると眉尻には釣り針が残っている。


 Aは表情を変えず慣れた手つきで天井の配管に別の糸を垂らすと自身の身長よりやや高い位置に輪を作った。その輪にS字のフックを掛けると輸液袋をぶら下げた。

 注射器を取り出したアンプルに刺し中身を抜き取るとその輸液袋に注入する。

 Bは怯えた目を向けるがAは一瞥もせず行動を移していく。

 Bの左鎖骨に針を刺し内針を抜き外針を鎖骨下静脈へと留置し、伸びた管を輸液袋に繋げるとクレメンスのローラーを回して滴下の速度をいい加減に調整した。

 輸液が細い管を通ってBの体内に入ると心臓へ向かい、その拍動で押し出され体を巡る。

 程なくしてBの気は遠くなっていった。

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