第五章「ネモ」

それを口に含んだ瞬間、

私は少しだけ考えた。

これは、前と同じものなのだろうか。


温度は、変わらない。

舌に触れる感触も、

喉を通る速さも。

なのに、

前と同じとは言えなかった。

私は、

もう一度、水を飲んだ。

美味しいとも、

不味いとも、

言えなかった。

ただ、味がした気がした。

それに、少し驚いた。


前は、不味いから生きていた。

言い換えれば、美味しくなったから終わった。

でも今は、どちらでもない。


味は、

意味を持っていなかった。

蝶が舞っていたことも、

汚れが残っていることも、

水が通ったことも、

全部、この味の中に混ざっている。

分けられない。取り除けない。

混ざって、もう取り返しがつかない、酷い味。

それでも、飲めた。

舌が、脳がそれを拒まなかった。


私は、コップを置いた。

空になった容器を見て、何も思わなかった。

それが、少しだけ、嬉しかった。

味は、私の生死を左右する力は持たない。

あくまでも、最終的に決めるのは私。

それでも私は、その味に意味を持たせたかった。

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「味」 神代泉 @Sindaisen25

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