死神と憲兵 2
「珍しいな。お前がここに、自分から来るとは」
オリヴァは、ゆったりとした動作でパイプ椅子に腰掛ける。そして、白い机に腕を乗せ、焦れるほどに時間をかけて大きく息を吐いた。
死神は、何も言わずに、立ったままである。
バチ、と、切れかけの蛍光灯が瞬く。
薄暗い室内に、石油ストーブが動く音だけが響いている。
白い軍服に包まれた、薄い胸が上下する。
トン、トン、と、黒い手袋に包まれた指が、机を時計と同じくらい規則的に叩き始めた。
「俺ァ」
沈黙を先に破ったのは死神であった。
顔の右上半分を覆うようにして巻いてある包帯を、長くふしくれだった指でなぞる。
「半分盲だ」
「そうだな」
彼の目が片方潰れたのは、刑務所にいた際、同房の男に突かれたからである。歪に白く変色した目を、誰にも見せないようにと包帯で隠している。
オリヴァは、当然それを知っている。しかし、何故、このタイミングでそれを言うのか理解ができない。
「そン分、他ンもンァ良い。お前ァ教ェてくれたンだッたか……」
そこで言葉を切り、大きく息を吐き出した。
ギ、と、青いひとつ目が、鋭く光を弾いた。
オリヴァが銃を構えようと、内ポケットに手を入れる。しかし、それよりも、長い腕が彼の首に伸びる方が早かった。
長い指が、一本一本意思を持っているかのように絡みつく。ジワリと力を込めると、彼の顔が真っ赤に染まった。眉間の皺は深く、苦しみに耐えるように歯を食いしばっている。
反対に、死神の顔色は変わらない。黒い髪の毛の間から、恒星のように光るその瞳が、作り物めいて彼を見つめている。
「どォして、スプラッタァに、相方ァ居ることォ、伝えなかッた?」
ゆっくりと、ひとつひとつ言葉を区切って発音する。その尋ね方は、幼子にするそれとも似ていた。
「アレァブランドもン時計着けてた」
苛つきを隠さずに、タン、タンと爪先で音を立てながら、死神は彼を睨め付ける。
「夫婦時計の女モン。ンな身なりのやつァ買えるもンじァねェ。なら、もう一人いンァろ」
彼は何も答えられない。
死神は、首を掴んだまま、オリヴァを横に倒した。椅子に体が当たり、鈍い音を立てながら床に倒れ込む。
ゆらりと体を起こした彼の髪の毛を掴み上げ、死神は言った。
「知ッてること、全部話せ」
耳が痛くなるほど、部屋は静まり返っている。倒れた椅子と机の中で、死神は、ジッと口を開くのを待った。
どれほどそうしていただろうか。
フ、と、オリヴァの唇が緩んだ。
「ァにがおかしい!?」
死神が声を荒げた。
彼は、血の混じった唾を床に吐き捨て、唇の端を拭って笑って見せた。
「もう一人は、本国の子飼いだ」
「ア?」
「お前は我々憲兵の駒だが、あいつは本国の駒だと言うことだ」
死神の纏う空気が、重く、冷たくなる。オリヴァは、一つ息を吐いて、唇の端で笑って見せた。
「昔、教会に取りに行かせた書類があっただろう。あれの後始末だ」
髪の毛を離され、額を強かに打ち付ける。ゴ、と鈍い音を無視して、死神は、何か言いかけて口を閉じた。
オリヴァは、切れて滲んだ血をハンカチで拭う。そして、優しさすら感じる目線を死神に向けた。
「お前は、愚かだな」
「ア?」
「何故、今日あの子を置いてきた?」
「危ねェから」
即答する死神。
「一人の方が危険とは、考えなかったか?」
死神の頭を、最悪な考えが走った。
憲兵にすら自分の家が割れているなら、本国にも当然知られているのではないか?
「……銃ン使い方ァ教えてある」
「あの子がすぐに撃てると思うか?」
「筋ァ悪かァねェ」
「構えた時に震えはなかったか?」
死神の背中に、畳み掛けるように問いかける。部屋の温度が、何度か下がったような心地がした。
「汗は?目の開き方はどうだった?実際に撃たせたか?人間を撃つ覚悟は?」
カラカラの口を、唾液を無理やり飲み込んで潤し、死神は立ち上がる。オリヴァが嗤った。
「お前も俺と同じだ。何も守れず、何も得られず、失意の淵で死を夢む」
死神は、無言で部屋を飛び出した。
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