悪魔と少年 3
「サムさん、ただいま」
明るい声に、サムは新聞から顔を上げた。茶色い癖っ毛は、乾燥からか、いつもよりふわふわとしている。外は凍えそうなほどに寒いはずなのに、ソバカスの浮いた頬は上気してピンク色に染まっていた。
「おかえり。だいぶ血色が良くなったね」
「うん、最近調子がいいんだ」
ジョシュはそう自慢げに笑って、肩に担いでいたチェーンソーを下ろした。次いで、ベージュのモッズコートをポールハンガーにかける。
コートの裏地は、酸化した血で赤黒く染まっていた。中に着ている黒のシャツにも、ツンとするような、鉄の匂いがこびりついている。サムの垂れた笑顔がぴくりと引き攣る。ジョシュは気づいていないのだろう、呑気にチェーンソーを分解し始めた。
「先にシャワーを浴びておいで」
「そんなに、臭う?」
「ああ、かなり」
スンスンと自分の服に鼻を当てるが、臭いが分からないのか、不思議そうな顔をする。当然といえば当然だった。人間の鼻は慣れるようにできている。
彼は素直に服を洗濯機に放り込み、恭しくその上に腕時計を置いて、シャワー室へと足を進めた。
ペタペタという足音を聞きながら、サムは小さくため息を一つ。そして、再び新聞に目を落とした。
「スプラッター、ねぇ……」
見出しには、派手なゴシック体で「スプラッター映画、現実に!?」という文字が踊っている。
「センス、ないなぁ」
その表情から、笑顔はとうに消え失せている。新聞を机の上に放り投げ、コーヒーを一口だけ口に含んだ。
ジョシュにチェーンソーを渡したところまではよかった。わかりやすい武器だ、自信にもつながるだろう。事実、彼は嬉々として出掛けるようになった。しかし、想定外だったのは「後始末」が下手だったことだ。サムは死体は埋めるか燃やすか海に捨てろと何度も言っていた。しかし、チェーンソーで切り刻まれた体を一人で処分するのはジョシュには難しかったらしい。ガソリンをかけて火をつけたあと、中途半端に燃え残っていることが多い。お陰で、新聞屋にも目をつけられてしまった。
更に厄介なのが、憲兵が動いている、という点である。新聞には「事態収束の為、憲兵が捜査を行なっている。収束は時間の問題だろう」と嬉々として書いてあった。
サムは内心鋭く舌を打った。島の憲兵は、彼の飼い主である、本土の警察より何倍も過激で優秀だ。なにより、躊躇いがない。犯罪者だと分かれば即射殺だ。その上、憲兵もシリアルキラーを飼っているらしい。人伝に聞いただけの話だが、死神という、幼い少女を連れた殺し屋が裏で憲兵と繋がっているそうだ。
使えるサイドキックを探しにきたのに、憲兵に目をつけられては、本末転倒である。
「いらなかったな……」
親指の爪を噛みながら、不明瞭な口調で呟いた。
「何か、余計なものでも買ったの?」
場違いに明るい声が響いた。
髪の毛をタオルで拭きながら、ジョシュが戻ってきたのだった。
「ああ、ちょっとね」
「捨てとこうか?」
ジョシュはタオルを頭に被り、ソファに座る。
サムはゆるゆると首を横に振り、新聞を折った。
「真面目な話なんだけどね」
「う、ん」
ゴク、とジョシュの喉が鳴る。
「憲兵に見つかったかもしれない」
「は」
ド、と大きく、少年の心臓が跳ねた。
残酷な統治者に殺人がバレたと言うことは、次は自分が殺されるか、一生を牢獄で過ごすと言うことだ。
「死神って、聞いたことあるかな」
「あるけど、都市伝説なんじゃ」
「いいや、いる」
サムはそう言い切って、まっすぐにジョシュの目を見た。
彼にとって「いる」か「いない」かはどうでもいい。自分でするのが面倒な、中途半端に力をつけた、使えないスプラッターの処分を代わりにしてくれるのが憲兵かそれかの違いしかなかった。
「こちらでもどうにかしてみるから。そんな顔をするなよ」
泣きそうに硬直したジョシュの頭をくしゃりと乱し、サムは優しい笑みを作ってみせた。あの、霙の日と、同じような笑みだった。
「気をつけるんだよ」
「う、ん。わかった」
小さな声で頷いて、チェーンソーの分解の続きを始めたジョシュを見ながら、サムは考える。
死神が連れている少女は、相棒か、ブレーキ的な存在なのだろう。一人での仕事には限界があるから、次はその少女をスカウトしよう。使えそうになかったら、すぐに処分だ。
それはシンプルかつ素晴らしく整然性のある答えのように思えた。
既に、深い紫色の瞳の端にのみ、ジョシュを留めるだけだった。
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