死神と憲兵

「一人で来てやッたぞ、オリヴァ」

死神は大きくあくびをして、右側に少し首を傾げて気だるげにそう言い捨てた。大型の肉食獣のように伸びをして、燻る恒星のような右目だけを憲兵に向ける。

濃い隈を作り、応接室のソファに深く腰掛けたオリヴァは、神経質に黒い机を長い指で叩き、眉間の皺を深くした。

「遅い」

「誤差ァろ」

「3時間の遅刻だ」

ハ、と死神は吐息だけで笑って見せた。

煙の匂いがする笑みを無視して、彼は写真を一枚取り出した。

癖のある茶髪の少年である。ベージュのマウンテンパーカーのフードを被り、口元は隠しているが目元ははっきりと見える。緑色の瞳は伺うように鋭い、そばかすがある青年だ。

死神は猫のように目を細め、人差し指と親指で写真をつまみ上げた。そして、興味なさげに目線だけオリヴァに向ける。

「殺せッて?」

「ああ」

ふゥン、と気の抜けたような返事をする死神を無視して、次の資料を滑らせる。

「不良少年の事は、よく知っているな」

「アー、ン、ハッピー・ボーイ……」

オリヴァは指を組み、机の上に腕ごと置いた。

ちなみに、ハッピーボーイがハッピーなのは頭の中身である。彼らの全能感は刑務所でボロ雑巾のように扱われ、粉々に打ち砕かれる。

「そいつらだ。中でも、最近過激になっていた集団が次々とチェーンソーのようなもので刻まれて殺されている」

「めでてェなァ」

「そうも行かない。無差別殺人に繋がりかねないからな。犯人は通称、スプラッター」

そこまで言って言葉を切り、ギロ、と死神に目線を向けた。

「残りの標的になりそうなやつは一人だ。民間に被害が出る前に駆除してこい」

「ンの前に一つ聞かせろ」

鬱陶しげに「何を」と視線を上げる彼に、死神はタバコに火をつけて、コテンと首を傾げた。

「マリィを置いて来させたンァなんでだ?」

「子どもを連れてくる方が異常だろう。そんな無駄話がしたかったのか?」

跳ね上がった眉毛に大袈裟に肩をすくめ、写真をグシャグシャにしてポケットに突っ込む。一度火をつけたばかりの煙草に唇を寄せ、一度大きく吸い込んだ。

「アイアイ、サァ」

尖った歯が、煙と共に吊り上がった唇の端から覗いた。

それは、獰猛な獣の笑みであった。

「わかったら行け」

シッシッと野良猫でも追い払う様にして、オリヴァは手をヒラヒラさせる。死神は一度立ち上がりかけて、倒れ込む様に音を立てて椅子に座り込んだ。

そして、フードから青い目をギラギラと覗かせながら死神は口を開いた。

「世の中ァなァ、ギブアンドテイクで回ッてる訳だが」

「お前が生きている事自体がギブだとは思わないのか?」

心底嫌そうに、オリヴァが眉間に皺を寄せる。死神はクツクツと喉を鳴らして、ヒビの入った唇の端に親指を滑らせた。

「56事件について教えろよ、ダディ」

「今すぐ死にたいか」

ジャキ、とわざとらしく音を立てて、銃のスライドを引く。その表情は険しく、「踏み込むな」とでも言うかのようだ。脅しではないことは、どれだけ鈍い子供でもわかる。しかし、死神はケラケラと笑いながら首をすくめた。

「オォ、怖。とッてこいの上手い飼い犬に、褒美をやるンが良い飼い主じァねェのかよ」

しばしの沈黙。オリヴァの目は相変わらず黒曜石より鋭く、死神の唇は揶揄うように弧を描いている。ピンと張ったテグスの様な空気を絶ったのは、セーフティロックを戻す音だった。

「何が聞きたい」

「聞くな」とでも言う様な唸り声を、死神は唇の端に浮かべた笑みで一蹴し、机の上に身を乗り出した。

「お前が、知ッてるマリィの事、ぜェんぶだ」

「なんだ、それだけで良いのか」

オリヴァは一度瞬きをした。死神は目線を横に流し、「これ以外に興味ァねェよ」と心底どうでも良さげにあくびを一つ。

「マリー・サンチェスの親は、私が撃った」

語る憲兵の手に、力が入る。手全体を覆う白手袋が擦れ、ギュ、と音を立てた。

「逃げる連続殺人犯を撃とうとして、狙いが逸れた。それが、一般人だった彼女の両親に当たった。この島で起きた56番目の事件故に、56事件と呼ばれている。ここまで質問は?」

「ねェ。興味もねェ」

片目を閉じて舌足らずに答える死神に大きなため息をつき、オリヴァは懐かしむ様に目を細める。

「マリーは、母親に庇われて無事だった」

「お前がマリィの名前呼ぶンじァねェ」

「遮るなペドフィリア、処分するぞ」

マリーは、母親と父親の死を悲しんだ。しかし、1日もすれば、何もなかったかの様に、一人で静かに本を読んでいた。気を遣った一人が声をかけると、少女は鈴蘭を揺らした様な声でこう言って、子供らしく笑ったのだ。

「お母さんもお父さんも、ちゃんとあるから。寂しくないの」

と。

ある、とは、どういう意味なのか。そう尋ねた男は、彼女の親指を見て、固まった。一揃いのペアリングが、左右の親指に嵌っているのを見たからだ。指輪だけなら、驚きはしない。特筆すべきは、それらが両方とも、赤黒く汚れていたことである。

凶弾に倒れた二人の、血液であった。

それを知った憲兵は、慌てて少女を教会の孤児院に入れた。同い年の子供達と触れ合う機会があれば、遺品を見て「いる」と言うことも無くなるだろうと考えたからだ。彼女の両親が亡くなった時の犯罪ファイルを渡して、多くの子供と関わってきた、信頼できる神父の元に預けたのである。もっとも、その「信頼できる神父」は、現金の横領と武器の密輸で、死神に撲殺されることとなったが。

そこまで話し終えて、オリヴァは大きなため息を一つこぼした。

「あれに血を見せすぎるな、という話だ。これだけしか知らん。教育に悪いから、指輪も処分した」

ふゥん、と死神は鼻から抜ける様な音を出して、ダラリと背もたれに体を投げ出した。

「手遅れァな」

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