単独行動
マリーは、白いカーテンから入る光で目を覚ました。スズメがチチチ、と鳴きながら、不自然なまでに青い空に飛んでゆく。
ここ数日は霙が続いていたが、それを忘れさせるほどの快晴だった。
朝焼けに目をこすりながら立ち上がり、散らかったキッチンに足を向ける。賞味期限の少し切れたインスタントコーヒーに、湯とミルクを注いだ。
ふと、頭上から音が聞こえた。
薄いそれを啜りながら、上に向けて声をかける。
「朝だよ、エド」
返事の代わりに、トントン、と指で板を叩く音が聞こえた。これは「朝食は要らない」の合図である。マリーはそれに反応を返さず、袋に入った自分のクルミパンをかじった。
彼が欠伸をしながら体を起こしたのは、それから三時間も後のことであった。エドワードは、ぼうっと窓の外を見つめ、掠れた声で「マリィ」と名前を呼んだ。
彼女は、「何」と読んでいた分厚い本から顔を上げる。
「今、何時だ」
「12時」
「……まァ、いいかァ」
ガシガシと頭を掻きながら、ふらりふらりと長い足をおぼつかない足取りで進める。階段を踏み外しそうで危なっかしい足取りを見て、マリーは眉を顰めた。大方、夜遅くまで高笑いしながら酒を飲んでいたのだろう。彼女が寝る時、彼は教会を留守にしていた。そんな時、彼は決まって外にいるのだ。そして、何も言わずに溺れそうなほどの煙草を吸ってから戻ってくる。最も、きっかり礼拝の時間には帰ってくる。そして、それが終わってまた外へ戻るのである。几帳面な男だ。
「そこ、足元。気をつけてね」
「ア?」
「床、抜けそうなの」
「アー……」
面倒臭げにアヒルの玩具を避け、ダイニングテーブルに腰掛ける。ガタン、と大きな音がして、その拍子に、出しっぱなしにしていたコーヒー豆が机の上に散らばった。
マリーはそれをかき集め、挽いて、ドリッパーに入れて湯を注ぐ。
「今日、早いね」
コーヒーを注ぎながら、彼女は死神を振り返る。薄い腹をガリガリと掻きながら、彼は「オー」と気だるげに返事した。
マリーはそれには何も返さず、欠けたティーカップにコーヒーを淹れて差し出し、読書に戻った。
しばらくして、ようやく目が覚めたのだろうか、カチャ、と陶器が触れ合う音がした。
「マリィ」
静かな声で彼女を呼びながら、死神は手のひら全部で喉を撫でる。表情は逆光で見えない。
「どうしたの」
「仕事行ッてくる」
「そう」
無機質な声で彼女は答えた。彼は、最後に喉を指先でなぞって薄く笑った。
「イブにァ被せねェ。良い子にしとけ」
くしゃ、と髪の毛を乱し、そのまま音を立てて扉を閉めた、ところで、マリーは顔を上げて首を横に倒した。
あの死神がただの「エドワード・グレイ」という男に戻れるのは22時から30分間、日課にしている礼拝の時だけである。どんな仕事であろうと、死神は「22時には戻る」と言って仕事に出ていた。しかし、先ほどの言葉はどうだろう。まるで、何日もこの家を開けるみたいではないか。
マリーは聡明な少女だった。
カレンダーをチラリと見やる。その日は、12月21日であった。
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