翌日。

マリーは目覚めてから、所々ほつれたバッグに聖書と鉛筆を何本かと、ノートを入れようとした。しかし、ノートを持った右手を、大きな手が押さえる。

寝ていたはずの、死神の手だった。

ゴツゴツとしたそれは、少女の手からノートを取り上げ、ダイニングテーブルに放り投げる。

マリーは、小さくため息をついた。

「エド、学校行くから、やめて」

「行くな」

ゾッとするほど冷たい、静止の声だった。

死神の大きな手のひらが、マリーの華奢な手首に食い込む。指先が彼女の腕に巻かれた白い包帯に食い込み、痛みに眉を顰めた。

「な、んで?」

戸惑いを含んだ、心の底からの疑問だった。

元々、マリーを学校に入れたのは死神である。

彼は、上機嫌に唇を吊り上げた。

「学ならここでもつけらェる。オレァ集団行動ァガラじァねェ。縛られるンが一番に疎ましい。その上に、あそこにいるガキァ、マリィと合ッてねェだろ」

滔々と唇から理由を述べながら、空いたもう片方の手で、彼女の喉を大きな手全体を使って撫でた。気道に沿って、顎の裏を通り、唇を人差し指の先でなぞる。

うっそりと笑みを浮かべるその目線は、マリーではない誰かを見つめていた。

「オレにァお前だけ、お前にァオレだけ。それで上等ァろ。何を憂うことがある?」

死神は、表情を失ったマリーに、痛ましげに微笑みかける。

「オレだけじァ不満か?」

「そう言うわけじゃないよ」

マリーはそれだけ言って、ただ目を逸らした。

彼はホッとしたように表情を戻し、大きく伸びをして、机の上に転がっているオレンジに手を伸ばした。片手でそれを三つ掴み、ぐるりと首を回す。

机をぐるりと見渡して、空のバスケットを避け、ミルクのこびりついた皿をひっくり返した。

「何探してるの?」

「ナイフ………」

しばらく机上を探り、諦めたのか、ボウッとオレンジを見つめた。

「エド?」

マリーが声をかけたのと、グジュ、と音を立てて死神がオレンジに指を突き刺したのはほぼ同時であった。力任せに半分に割ると、薄皮がブチブチと音を立ててちぎれ、ボタボタと果汁が溢れる。

手首に伝った汁を長い舌で舐め取り、親指で唇の端を拭う。

「ァンだァ?」

グリ、と青い瞳孔のみを動かす死神に、マリーの背中に、ゾッと何かが走った。

「この前、研師のおじさんに出した……」

「そーァッた。取りにかねェとなァ……」

ガシガシと頭皮を引っ掻き、ゆらりと立ち上がる。骨張った長細いシルエットが壁に映り、動くたびに腕が鞭のように揺れた。

「マリィ」

低くザラついた声が、彼女を手招きする。

「待ってて。今、帽子を取ってくるから」

「ン」

死神は、猫のように目を細めた。

瞼の奥に、残酷なまでの青が、瀞みを帯びて柔らかく滲む。

その美しさに心臓の高鳴りを抑えて、マリーは、似合わないほど大きな麦わら帽子を取りにベッドサイドへ駆けた。

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