マリー・サンチェス 2
指にガラスが刺さりました。
エドが割ったガラスを、片付けようとしたときでした。
ちくっとしたのは一瞬で、ピリピリするなと思ったときには、もう、指先に、丸くぷっつりと血が出ていました。
びっくりして、手に持っていた破片を床に落として、それがパリンと薄い音を立てて割れました。
早く拭わないと、と思ったけれど、どうしても動く気にはなれませんでした。
自分のものなのに、ひどく綺麗に見えたのです。
オレンジ色のランプに照らされて、同じ色にキラキラ光るのを、ずっと見ていたかったのです。
ガラス玉とは全然違う、後ろが透けて見えないのが、エドみたいですてきだと思いました。同じ赤なのに、白蛇のピアスよりも、何倍も高価なものに見えました。
分かっています。
血は、普通、きれいに見えるものじゃない。
けど、どうしても、私を惹きつけてやまないのです。
ずっと、ぼぅっと見ていると、ゆっくりと、縁が黒く固まっていきます。
ああ、勿体ない。
爪で固まったところを剥がしました。ぴりぴりと、遠かった痛みは戻ってきます。けれど、剥がしていると、球のように浮かび上がった、底が見えない深くきれいなのが、ぴちゃんと解けてなくなってしまいました。
残念だなぁ。
もっと見ていたかったのに。
床に落ちたガラスを見て、思わず「あっ」と声を上げて、口を塞ぎました。
気づいてしまったのです。
絶対に痛いことも、良くないことも分かってます。
けど、もっともっと、きれいなのが見れるから。
そっと、投げてしまった破片を拾いました。
体全部が心臓になったみたいにドキドキします。
息が苦しくなって、すぅはぁと大きく息を吸いました。
尖ってる方を、手の甲に向けようとして、ちょっと考えて、やっぱり腕の内側に向けました。
気づいたら、きっとエドは怒るから。
もう一度だけ深呼吸して、ちょんと腕を刺しました。ちくっとしたのは一瞬で、思ったよりも幾分か痛くありませんでした。
わたしは、ほっとして、そのまま手を横に引きました。
赤い線がしゃっと走って、そこからプツプツと丸く血が浮かび上がってきました。
照らされて、きらきらして、お星様みたい。
嬉しくなって、なんかいも、なんかいも手を横に引きました。その度に、まぁるいのが増えて、とうとう腕が、星空みたいになりました。
色はちょっと違うけど、私はそれでも満足でした。
宝物みたいに腕を抱きしめて、くるくる回り出したいのをがまんして、けど、がまんできなくて、穴だらけのコンテナに座って足をバタバタさせていました。
「マリィ」
目の前が真っ暗になりました。
細い隙間から、眩しく光が除きます。
目を塞がれているとわかったのは、ザラザラした声がして、ガラスを持った腕を掴まれてからでした。
エドが気づいたのです。
ずっと背中を向けていたはずなのに。後ろにも目がついているのかしら。
私は何を言ったら良いのか分からず、思わず口をつぐみました。
「楽しそォだなァ、マリィ。良い事でも、あッたのか?」
はっきりと、いつもみたいに「聞こえなかった」と言えないくらいに、エドは私に聞きました。それから、答える前に、大きな手で、私の腕の星空を、びちゃりと音を立てて握りつぶしました。
腕がずきずきします。小さな糸がよりあわせられて太くなるように、ぴりぴりが、ひりひりになって、ズキズキと心臓に合わせて痛むのです。
「痛いか?」
内緒話をするように、エドは私の耳元で言いました。触られてもないのに、いつもみたいに、喉を撫でられているような心地がしました。
「消毒してやる、それ離ァして、座われ」
ぱっと両手が離されて、思わずガラスを落としました。あ、と思って拾おうとしたけれど、それより先に、エドが踏み潰しました。
ぱりん、と2回目になる薄い音がして、粉々になったので、もう使えません。
ああ、もったいない。
エドが、こっちを見て低く唸りました。
「二度とするな」
なんで、と言い返したら、もっと痛いだろうから、わたしは仕方なく、
「はぁい」
と返事しました。
エドは、喉をぐるぐる鳴らして、
「そンなに欲しィなら、もっと出させてやろォか」
と、青い目を細くしました。
ずっと赤いお星様を見てたからでしょうか、エドの青が、いつもよりも、ずっと眩しく見えました。
ほっぺたに触ると、エドは細めた目をネコみたいに開けて、不思議そうに首を横にしました。
「ァンだ、マリィ?」
ずっと見ていたくて、でも足りなくて。
血の球と同じように、向こう側が透けて見えない、暗い暗い、それでも目が離せない。
「……きれいだねぇ」
そう、きれいだったのです。
すとんと言葉が体に落ちて、ああ、きれいって言いたかったんだなぁと思いました。
これが、ピアスと一緒に瓶に入ったら、どれだけきれいでしょうか。
太陽の光で透けて、銀色と赤色がゆらゆら光って、それをジッと、青い、目玉だけになったエドが見てるのです。赤色が、太陽を透かして床に写ってるところに、薄く丸い影ができるのです。それの上を、銀色が跳ね返した、一等明るいのが、ゆったりと風のままに泳いでいくのです。
ああ、本当に、なんてきれいなんだろう。
「それ、ちょうだい」
気がついたら、わたしはそう言っていました。
エドは、どうしてでしょう、とても嬉しげに笑って、包帯を巻いてくれながら言いました。エドのポケットからは、なんでも出てくるなぁ、なんて、場違いに思いました。
「全部ァ終わッたァ、くれてやらァな……」
今は吸ってないはずなのに、笑顔から、タバコの匂いがしました。
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