マリー・サンチェス 1
誰も来ない。来なくて良い。
これでいい。
大きくブランコを漕ぐと、グンと耳元で風が鳴って、体がふわりと浮くような感じがしました。
ここで一人で待っていれば、そのうち夜になって、静かになる。それが一等素敵でしょう。教会の子たちと一緒にはいられません。女の子は私のことが嫌いだし、男の子といたら、私が悪い子みたいでイヤになる。あっちはそんなこと思ってもないのに、私だけ悪いことばかり考えているのが、すごくイヤな子みたいなのです。眩しくて、近づいてみたいけれど、そんなことをしたら死んでしまう。読んだばかりの神話に、こんな話があった気がします。
けど、夜になれば明日が来る。それはやっぱり嫌でした。明日になったら、また行かないといけなくなるから。
ブランコは、いつのまにか止まっていました。
ザ、と後ろの方で足音がします。
エドが迎えに来てくれたのかな。
「ああ、やっぱりここにいた。あんまりこーいうの、したらダメなんだよ。わかる?危ないでしょ」
違った。
「ねぇちょっと、聞いてる?」
「ごめんなさい」
「謝られたら悪いの、こっちじゃん」
頭を軽く降り、額に大げさに手を当てたのは、白ウサギのシスターでした。
「マリーに何かあったら、アレも荒れるからさ。大概にしなよ」
待ってた人じゃなかったのに、少しだけがっかりしながら、ずっと気になっていたことが聞けるとも思いました。
「ねぇ、エドって、どんな人」
そう聞いた時、白ウサギのシスターは、うんうん唸って、考えて、考えて、私がブランコに飽きて地面に猫を描き終わった頃に、ようやくポツリと
「殺人犯、かな」
と呟きました。
そんなことは知っています。
私が聞きたかったことは、そんなことじゃないのに。そんな気持ちがわかったのか、白ウサギは、タバコに火をつけながら続けます。
「凄く、穏やかに見える奴。擬態が無駄に上手いよね。あと、敬虔と言えば敬虔」
そこまで行って、生垣に寄りかかり、上に向けて煙を吐き出しました。煙は、ゆらゆらと立ち昇っては、ふっと茜色の空に溶けました。
黒いワンピースに小枝が刺さることも厭わず、シスターは、ブロックみたいな樹に体重をかけました。ザザ、と葉が擦れる音がして、体の横から、強い緑が顔を出します。これが花だったら、眠り姫や、王子様が来る前の白雪姫なのに。
「マ、強いて言うなら、暴力の形をした男だよ」
ゆるりと目を細めて、シスターはそれきり、黙ってしまいました。
「ぼうりょく」
「そ」
シスターは、器用に口からドーナツみたいな煙を吐きました。遠くを見るように目を細めて、また、タバコに唇を付けました。手を口にかぶせるようにしたシスターは、禁書の表紙みたいに綺麗でした。とろとろした目が優しくて、夢の中にいるみたいです。煙が白く周りをぼかして、それがさらに、天使様のように見えました。
「やだ、これキョウチクトウじゃん」
濃いマゼンタの花が一つだけ咲いているのを見ると、シスターは顔を顰めて起き上がりました。肩口を軽く払い、「萎えた」と呟いて、太い枝に押しつけてタバコの火を消しました。
「マリー、気ぃつけな。この辺は酷いよ」
「なんで?」
シスターは、嫌そうな顔をしました。
「毒がある。煙を吸うだけで終わり。ここじゃ、吸えないや」
パッと手を開いて、シスターはさっきまでのとろとろした目を、いつもみたいにキッとして、ひらりとワンピースをひるがえしました。
緑の中に、ぽつんと、マゼンタの花が咲いています。それが、刺さりそうなくらいに鮮やかで、どうしても目が離せません。
花びらに触れると、他と何も変わらない、しっとりとした感じがしました。
「こんなにきれいなのに」
「マリーのセンスも、独特だよね」
「どくとく?」
私のセンスも、毒があるってことなのでしょうか。そう思うと余計に久しぶり会った親戚みたいで、手放すのが惜しいのです。
パッと鮮やかな花を摘んで、ちょっと嫌そうな顔をするシスターに向き直りました。
「持って帰りたいの」
そう言うと、少し考え込む様に眉毛の間にシワを寄せました。首を振るたびに、白い長い、カールした髪の毛がゆらゆらと揺れました。
「いいよ」
もう少し追加で時間を置いて、シスターは私に向けて手を差し出しました。手を取ると、シスターは、教会に向かって歩き出しました。
到着するまでの道で、押し花にしたら、ずっと長く持つと教えてくれました。重い本の中に、ティッシュと一緒に挟んで、水分を飛ばす?と、ずっときれいなままでいられると。
シスターは教会について、使っていない古い辞書で挟んで、私の頭をくしゃくしゃと撫でました。
「次の日曜、確認しに来ようね」
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