第3話 なんかちいさくて口が悪いやつ

「初めまして、プレイヤーよ」


 ふわふわと浮かぶ、人型の不思議生物がいた。


 見たことのない存在に俺は目を丸くする。

 簡単にいうと、猫耳フードの付いたマントを被った真っ黒なケモノ。


 顔はオタクが好きそうなかわいくデフォルメされたもので、漆黒の肌は光沢がある。

 特に灰色のフードの下に覗く目は黄色で輝いており、知性というものが備わっていることを感じさせる。


 黄色電気ネズミで有名な某ゲームで言えば、ブ〇ッキーを立たせて服着せた感じだろうか。

 

「私の名前は……シス、とでも名乗っておきましょう。以後お見知りおきを」


 そう言って礼をする、黒ケモノ――シス。

 ……え、なにこいつ。

 なんか風格あるしレアキャラか。

 それに、下がひらひらしていてスカートっぽいのと、声も少し高いクール系だから……。


「ぅ?(女の子かな?)」

「女の子……このような姿を見て異性として興奮するのですか。やはり元の世界の者は度し難い」

「だぁ!(そうは言ってねえだろ!)」


 出会って十秒で相手を特殊性癖持ち認定するのやめーや! ちゃんと普通の人間が好き……あ、やっぱ獣人ならオッケーだから特殊性癖かも。

 ……って、元の世界?


「そうです、あなたは元の世界から転生してきたのですよ。このナンユケというゲームによく似た世界に」

「ぃ?(……なんだって?)」

「詳しく説明しましょうか」

 

 そう言って、シスは説明を始めた。

 あ、ココから長いので飛ばしてもらって構わない。


 ~~長い説明~~

 

 この世界は、俺が居た世界にあるゲーム、ナンユケ――「汝、高みを超えてゆけ」を基にして作られている。

 

 そもそも世界というものは並行世界のようにあらゆる可能性から無限に作られるもので、それらの大半は一瞬のうちに創世と崩壊を繰り返し、定着しないものなのだ。

 

 そして、ナンユケと似たこの世界は、可能性の一つとして分岐して生まれたもので、ある時点でのナンユケというゲームそのものだった。そして例にもれず本来ならすぐに消えてしまうものだった。

 

 だが、その世界における特異な法則がまずかった――そう、幻想概念だ。

 世界が創世して一瞬にしてそこにあるものとして生まれた人間たちが(それまでの彼らが歩んできた記憶や思い出は全て世界に作られたものだ)、崩壊が起きる前に「この世界は現実だ」と思ってしまった。

 

 そうすることによって幻想概念によりそれが実現し、本当にこの世界が世界として機能し始めたのだ。

 すると何が起きるか。ゲーム的側面の排除である。


 ステータスは見られなくなった。セーブはできなくなった。人が死んだらリスポーンなどできずただ物言わぬ骸になり、隠し部屋の扉はいずれ経年劣化し誰も入ることができなくなるだろう。

 なにより――シナリオというものが破綻した。

 

 そう、これから何が起きるか誰にもわからないのだ。

 それはここにいるシスも。

 

 ~~長い説明終わり~~

 

「そして私はゲーム的な存在なので力を失い、途方に暮れていました。そこで偶然見つけたのが元の世界から赤子の体に転生してきたあなた……ということなのです」

「……(ふむ……)」

 

 つまり――。


「ぅあ!(こんにちは、私シス! ある時点でのナンユケを基にした世界が一瞬だけ作られてそのまま消えるはずだったけど、幻想概念が暴走して世界として定着しちゃったの! ゲームじゃなくなったせいでシナリオ通りに行かなくなるし――しかもしかも、私は弱くなっちゃった! えええ~……私、これからどうなっちゃうの~!?)」


 ……ってことか。

 

「低能なサルに合わせて言い換えるとそうですね」


 どうもこんにちは、わかりやすい説明がモットー、低能なサルです。


「んゅ?(それで……ここまで来て俺にどうしてほしいんだ? 今の俺はすやすやおねんねとひとり歩きしかできねーぞ?)」

「大丈夫です。特にありませんから」

「んあぁ?」


 おっといけない。低い声で睨んでしまった。今の俺は天使だというのに(宮子談)。

 俺のかわいらしい睨みはやはり通用しなかったのか、シスはその体をひらめかせながら嘆息する。


「本当にないのですよ。この世界はいずれゲームから現実へと完全に移行します。それはどうしようもないですから」

「……」

「私は私が愛したシナリオを守りたかった。美しい法則と誰もが活躍出来て笑顔に満ちたゲームを維持したかった。ですが、それももう無理なのです」


 私は今やカテゴリー1にも満たないほどの弱弱しい存在ですからね、とシスはまたため息交じりに言う。

 幻想概念は多くの人が信じて成立するものだ。世界中の人がここは現実だ、と思えばゲームであり続けることはできないだろう。


「ぅゅ(まあよく分からんが、とにかくゆっくりしとけ。俺もすることないから寝るし、お前もゴロゴロして――)」

「そうですか。あなたのためにミルの実を持ってきたのですが」

「うぁ~(――ささ、シス様こちらのベッドへ。私が使った汚いベッドですが、あなた様にご使用いただけると光栄の至りですの~~)」

「いちいち腹の立つ男ですね」


 寝返りを打ってシスが寝ころべる場所を作ってからウインクをすると、シスは鼻を鳴らしてから素直にベッドの上に着地した。スカートのようにマントがベッドに広がって、お淑やかだな。

 

「だぁ?(てかゲームの時の知識とか、世界が確立しても役に立つのか?)」

「変わりませんよ。ゲームとしての側面が無くなっただけで、ゲームと同じ場所、同じ強さでそこに在るのです」

「うぃ(なるほど、ほぼそのままって事か)」


 それはありがたい。

 というかゲームを続行するのは無理とか言いつつ、こいつはなんで俺の強くなりたいという願いを助ける真似をするのだろうか。

 そう言いたいのがバレたのか、シスは視線をあらぬ方向に向ける。

 

「まあ……あなたの人生を使った、ただの遊びだと思ってください。それに、あなたはプレイヤーですしね」

「ぅ! ……んぁ?(おままごとにもほどがあるわ! ……てか、俺転生したんならプレイヤーじゃなくないか?)」

「そんな細かいことはどうでもいいのです。あなたはここがゲームだったと知っている。ゲームを楽しもうとしている。そう考えているのであれば、私にとってはプレイヤーなのです。それも、唯一の」


 すました表情で俺をプレイヤーだと認定してくるシス。まあ唯一ならそういう感じになるか。


「この話はこれくらいでいいでしょう。とにかく、これがミルの実です」


 そう言ってからシスは赤く柔らかそうな実を数個取り出した。キイチゴに似ている。

 ミルの実。これはナンユケでは魔力増強の実と呼ばれていた。

 食べれば即、体内の魔力量が増大する優れもの。リスクはほぼなく、魔力暴走するから魔法の使用時に摂取しないように、くらいなのだ。

 よってあればあるほどいいものとしてプレイヤー……特に魔法職の中では重宝されたものだ。


 もちろんそんな便利なものがそこら辺にあるはずもなく、希少で有名だったのだが――。


「近くに実がなっているのを知っていたので、取りに行ってきました。魔物がいなくてよかったです。私などが魔物に会ったらゴブリンですら勝てないですからね」

「む……ん!(ゴブリンに勝てない……。なあ、俺たち仲間だな!)」

「……あなたには勝てそうですね」


 暴力反対。

 とにかく取りに行ってくれたのはありがたい。これで魔力が増大することができるから。

 俺は嬉々としてミルの実を全て口に含む。よしよし、これで俺の最強への道が開かれた――。


「……だぁ?」


 幻想概念にすらならない妄想を考えつつ、生えたての乳歯で実を噛んだ瞬間――口の中に違和感が襲う。


 ん、なんだこれ。

 なんかこう、その……。


 ――めちゃくちゃ苦い。

 

「うぇーーーーー!!!」


 残虐的なまである味覚への暴力。

 それを感じて叫び、吐き出しそうになるのを何とか押し留める。


 ダメだ、これで吐いたら魔力が増えない!!

 いやでも……マズすぎるだろ!!!


「お楽しみいただけて何よりです。では私はこれで。また明日ミルの実を持って来ますね」

 

 そんな俺を見てシスはすました顔で礼をして、ふわりとまた浮かび窓に向かっていく。

 おい待て、お前これがこんなに苦いって知ってただろ!!

 

「ええ。まあフレーバーテキストにもそれとなく書いてありましたしね」


 そうだったなあああ!!!

 ちゃんと「ミルの実は独特の風味があり、食す魔法使いは皆勇気の持ち主と言えるであろう」ってなああああああ!!!!!


 んなもん覚えてる方がおかしいけどなああああああああああ!!!!!!


「んぁーーーーーー!!(明日会ったら覚えとけよーーーーー!!!)」

「……うぉ、どうした来次! 腹減ったか!?」


 シスが窓から外へ消えていくと同時に宮子が跳ね起きる。それに反応することもできず、俺はなんとかミルの実を飲み込んでまた絶叫した。


 ……え、これ毎日するの?


 そんなこんなで、俺とシスによる魔力増強の日々が始まった。

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汝、運命を変えてゆけ~ハマったゲームの次回作主人公となったイカレゲーマー、生まれ変わった世界を楽しみ尽くす~ ウユウ ミツル @uyumitsuru

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