第2話 現状把握

 幻想概念。それは人々の空想が現実世界に反映される事象。

 そしてナンユケにおいて、その単語は大きな役割を持つ。


 数百年前のその日、突如として世界のいたるところに「人々が思い描いていた幻想」が出現したのだ。

 

 ――私たちが信じている教えに書かれているこの逸話が、本当にあったならば。


 多くの人がそう考えたからこそ、現実では起こりようのないほどの超常現象が現れるようになった。

 

 ――世界にはまだ解明されていないことがたくさんある。なら、本当に魔法があったりしてもおかしくない。


 多くの人がそう考えたからこそ、魔法というものを使えるようなった。



 そうして幻想概念が人類に新たな可能性をもたらした日、その災厄もまた誕生した。


 その幻想概念は。そういうものとして生まれてきた。

 それでもなお自分の使命げんそうを果たすため、自らの破片から魔物を生み出し続けている。恐怖と血と涙を生み出し続けている。


 地上を魔物の楽園とし、人類を滅亡に追いやらんとする災厄――カテゴリー7、『バベル』。

 その災厄により数多の命が散ったとき、ついに人類は自らの運命を知る。

 ――バベルの全てを破壊し安寧を勝ち取ることこそ、人類の悲願。


 そうして、人類の存亡をかけた探索が始まったのだ。


 そして今日、主人公は探索者を目指す学園の門を叩く――。




 ******



「(――ってのが、ナンユケのプロローグだったよな)」


「だぁ」


 築百年はしてそうな古めかしい和風の古民家。その一室に俺は年季物のベビーベッドの上にででんと鎮座させられていた。


 古いながらも整頓された室内の中、俺はナンユケに関する思考を続ける。

 ゴブリンの襲撃を終えて実家らしき場所に帰るまでの間、この世界で生きていくための確認事項を検証していたのだ。


 一つは、この世界が本当にナンユケの世界なのかどうか。

 これに関してはすぐに「はい」という答えを出して間違いないと断定できた。帰り道で見た雑魚敵もナンユケにしかいないものだったし、それに――。

 

「むぅ……」


 気合を入れると体内をざわりと移動する何かしらの存在を自覚できたからだ。

 人類が幻想と諦めつつも欲してやまなかった現象――魔力。

 もちろん俺もゲームの中だけと思っていたそれを操ることができた。最高である。


 その魔力を感じられた方法がこの世界がナンユケだという証拠ってわけ。

 まず他のゲームでよくある「精神を統一して体のどこかを巡っている魔力を探す」という手法を最初に試したが、どこにもそんなものはなかった。

 代わりに、こう心の中で唱えただけで魔力があっさりと見つかった。


 「う!(魔力探知マギ・ルクト)」

 

 魔力探知マギ・ルクトはその名の通り魔力を探知する魔法だ。

 そう、つまり「魔力があるか確認するには、魔力があるかわかる魔法を使えばいい」という横暴な理論によって出来上がっている検査方法なんだよな。


 この検査方法はちゃんとしゃべれるようになる五歳ほどになったら人にやってもらうのだが、俺は思考がはっきりしているのでさっき無詠唱でやった。

 

 本当はちゃんと口に出すことで「言葉によって起きうる事象に干渉する」という幻想概念、カテゴリー5の「言霊」の力を借りるべきなのだ。


 そうすれば、安全に魔力探知マギ・ルクトを使える。まあ、強くなるにはそんな悠長なことは言っていられないのだが。


 ちなみにカテゴリーとは幻想概念の強さによって分けられている基準だ。1~7まであり、カテゴリー7は世界を滅ぼしうる災厄である。

 

「うわ、こっちにあんよむけてお人形みたいだな~!」

 

 さて、もう一つの確認事項は――と考えようとしたときに、他の部屋に行っていたヤンキーが帰ってきた。

 我が子の可愛さに目がくらんでとろんとしている。まあそれでも三白眼のせいでガラが悪く見えるけど。


「宮子ママにかわいいとこ見せて~?」


 どうやらこのヤンキー……いや、母親は宮子というらしい。

 うむ、日本人らしい名前だな。ナンユケが現実世界を基盤に作られているから当たり前だが。

 さて、かわいいところを見せろと言われたならしょうがない。さっきはゴブリンから助けてもらったし、楽しませてやるか。


「だぁ」

 

 まだ慣れない体の小ささを新鮮に感じながら、俺はベビーベッドの上でハイハイをする。

 久しぶりに体を動かしたから、これだけでも楽しいってもんよ。ぬはは。


「お~、動きたがりだな~! かわい~」

「だあ」

「しかもこっちに向けて視線まで! アイドルも敵じゃねーな!」


 ふはは、もっと褒め称えるがよい。

 

「うおおお、リズムに乗ってハイハイだと!? これはダンサーとしても大成するのか……!?」

「だぁ……」

「きた~~~~!! たっちからのひとり歩きだ……! これはキングオブ赤さんだぜ……!」

「……」

 

 ……なんかちょっと恥ずかしくなってきた。十七歳にもなって全ての行動で褒められるの、キツイ。

 うなだれて腰を下ろしたところで宮子は俺を抱っこする。陽だまりのような温かさだ。

 

「いや~、それにしても八ヶ月くらいで歩いて話すなんて……来次は世界をダンジョンから救う天才になるかもしれねーな?」

「うゅ」

「うお、返事まで。大人でもちゃんと返事ができるやつ少ねえぞ? うりうり~」

「……だぁ」

 

 またも撫でられて赤ん坊だというのに思わずため息が出てしまった。

 八ヶ月で歩いたりしゃべったりするのは人よりは早いというだけで天才ではない。まあ同日でやり遂げたなら、母親としては鼻高々だろうが。


 そうして抱かれるがままになっていると、ふとあるものが目についた。

 六畳一間のワンルームの柱には、鏡が立てかけてある。抱っこされた俺には、頭を動かさなくても自分と宮子の姿が良く見えた。


 宮子は前に言った通り、プリン色の髪にスカジャンにダルダルのシャツ。胸は大きく黒目はぎろりと鋭い。

 俺はつややかな青い髪に赤い瞳。顔立ちもキリッとしていてなかなかイケメンではなかろうか。


 ……うん、似てない。どこもかしこも似てない。父親の遺伝子強すぎだろ。

 この世界ではエルフや獣人、龍人なんてのもいるから青髪が特段不自然というわけではないが……もうちょっと宮子感を出してほしかったなあ。


「さて、来次はもうお昼寝の時間だよ~」


 まあいい。こうやって誰かに大切にされることは今までになかった。家庭環境などそこら辺の犬に食わせておけばいいだろ。

 ベビーベッドに寝かされ、宮子の子守唄を聞かされる。

 するとやはり赤ん坊の体だからだろうか、すぐに眠気が襲ってくる。

 俺はまぶたを閉じる前に、一つだけ祈りをささげた。


 ――次に目を覚ました時、あの部屋に戻りませんように。



 ******


 目が覚めた。

 周りを見渡すと、柵に囲われていた。相変わらずベビーベッドの中だ。

 柵の向こうでは宮子がすぴー、と口を開けて寝ていた。気持ちよさそうだな。


 ……ふう。どうやらこれは夢でなく現実なようだ。

 ホッとしつつ、俺はまどろみの中で先ほど検証していたもう一つの確認事項について考える。

 

「んぁ(この世界はゲームの中なのだろうか、それとも違う世界なのだろうか)」


 ナンユケというゲームのままだとしたら、俺は全ての攻略情報を知っている。だが、よく似た現実世界だとしたら、不確定要素が多すぎる。

 それを調べるにはとにもかくにも外に出て調べるしかないが――。


「むぅ(ベビーベッドに入れられたら、どうしようもないんだよな)」

 

 魔法で抜け出してもいいだろうが、舌足らずで「言霊」が使えないなら安定しないし、そもそも外で何が起こるかわからない。

 ……まあ、待つしかないか。

 俺は寝転びながら、またさっきのように祈りをささげる。

 

 この世界がゲームであれ。そうであれば俺は強くなれる。

 そうすれば――。


 そうして、俺はまた目を閉じて――。

 

「――正確に言えば、ゲームから現実へと変貌しようとしていますね」


「だぁ!!?」


 突如響いた声に驚きの声をあげる。


 慌てて目を開けたその先には。


「初めまして、プレイヤーよ」


 ふわふわと浮かぶ、不思議生物がいた。

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