第Ⅲ話 駅のホームではお静かにお願いします

 ぼくとチカは、最初は横に並んで走っていたが、すぐに追い抜かれてしまっていた。

 先行していたアカネすら追い越して、びゅーんって音が似合うくらいで、人と人の間をすり抜けて、疾走していく。


 同世代の男となら、いい勝負なんだろうけど、三人のなかでは、ぼくが一番、脚が遅い。

 それでも、遅れないように、ついていった。


 駅のホームは、色んな人が行き交っている。

 それらの人々を、ぼくたちはぶつかるぎりぎりで躱して、先へと進んでいく。


 風を感じる——。

 久しぶりに体を動かす感覚に、ぼくはこんな状況なのに、わくわくしてきてしまっていた。


 床はコンクリート製で、土の地面を比べると、踏み込みずらい。

 それでも、転倒することなく、ぼくは走り抜けていった。


 看板や壁に描かれた、ぼくには意味不明の文字や画像が背後へと流れていく。

 走っていたのは、鼓動が二十も数えないぐらいの間だっただろう。


 ——見えた!

「待てぇええ!」

 アカネが大きな声をあげる。


 掏摸男が振り返り、びっくりした表情を浮かべている。

 ぼくはジャンプすると、その脚めがけて、滑り込む。

 コンクリートの上を滑って、足元を払う。


 バランスを崩したところに、チカが上半身に蹴りを見舞った。

 被袴が割れ、彼女の美脚が覗く。


 首筋に、チカの蹴りが見事、決まった。

 掏摸男は、悲鳴をあげることもなく、その場に転倒した。

 おそらく、蹴りが命中した時点で、掏摸男は意識を喪失していたのだろう。

 どたっと派手な音をたてる。


「召しとったりぃいい!」

 自分が倒したわけでもないのに、アカネが腰に手を当てて、大きな声で言った。

 馬乗りになり、チカは掏摸男の腕を捻りあげていた。


 小さい頃は、チカは村のなかでも体が小さく、体力も劣っていたが、今はまったく違う。

 セリカ姉に弟子入りして、組み討ちの技を完全にマスターしてしまっていた。

 もともと、ちょっかいを出すつもりなどないけど、先程の綺麗に決まった蹴りなどを見たら、首をすくめてしまう。


「ジンライ、盗られたものは?」

「あ! そうだった——」

 屈み込み、ぼくは掏摸男の体を弄る。


 男の体なんて、触れたくもないけど、この際、そんなことは言ってられない。

 あれは、ぼくだけでなく、アカネにとっても、重要なものだからだ。


 ぼくは、ジャケットの内側に隠しポケットがあることに、気づいた。

 ボタンを外して、なかを探る。

 そして——。


「あったぁあ!」

 思わず、大きな声をあげてしまう。

 アンティークなデザインの懐中時計を取り出して、アカネとチカに見せるように、高く掲げた。


 と——周囲から、拍手があがった。

「えっ」


 ぼくたちを、遠巻きにして、たくさんの人々が集まってきていた。

 そして、何故だか拍手をしている。


「わー、やったねぇ。ジンくぅん」

 そう呟き、アカネが抱きしめてくる。

 チカは、背中に跨がったまま、うつむき加減で、顔を向けている。


 アカネが、さらに体を密着させてくると、「おぉ~っ」という感嘆の声があがった。

「ちょ……姉さん。離れてよ、もう!」


 と——この場の雰囲気を切り裂くように、警笛の音が鳴り響いた。

 どたどたと、集団の足音が聞こえる。


「そこ! 何の騒ぎですか!」

 ダークグリーンの制服を着た者たちが、取り巻いていた人々の間を割って、ぼくたちへと迫ってくる。

 その先頭に立っているのは、背の高い女性だった。

 アカネも背はあるほうだけど、同じくらい——いや、もっとあるかもしれない。


 同じデザインの制服ながら、青と黒色のラインが入っているので、特別な地位にある人物かもしれない。

 夕焼け色の明るい髪に、制帽をちょこんと載っけている。

「鉄警団ですわ。口の利き方に、気をつけて」


 チカが、まだ伸びてしまっている掏摸男から離れ、ぼくの背中に並んだ。

 こっそり、耳打ちをしてくる。

 ぼくは、ごくりと唾を飲み込んだ。


「あなたたちは——」

 女性は、ぼくたちと、それから、床の上の掏摸男を見比べる。

 制服組の男がひとり、進み出て来ると、掏摸男の上に屈み込む。

 顔を覗き込んだ。


「ユーフ=ユーヴェナさま。間違いありません。この男——常習犯のフォルクです!」

 数人の制服組が、掏摸男を組み伏せると、後ろ手に手錠をかけた。


「そうでしたか……容疑者の捕縛、協力に感謝致します」

 ユーフ=ユーヴェナ、と呼ばれたその女性が、敬礼をする。

「あ……い、いえ……」


 迫力に押されて、ぼくは後退ってしまった。

 背後から、チカに肩を掴まれて、背筋を伸ばす。


「つきましては、少し、事務所で質問、よろしいでしょうか。時間は取らせません」

 正面に立ち、眼光鋭く、ぼくたちを見据える。

 いいえ、と言わせない重圧を感じた。


 横に並んだアカネが、ぼくと手を繋いできた。

「——わかりました。同行します。それで、よろしいでしょうか」


 ぼくはびっくりして、別人みたいに口調を変えて、ユーフ=ユーヴェナに話しかけているアカネを見上げる。

 いやいや——三人のなかで一番、年上なのはアカネだけどさ。

 たまに、アカネは大人びた態度を取ることがあるので、驚いちゃう。

 ここらへんのところは、父さんそっくりな気がする。


 天然なんだけど、時々、人格が入れ替わったんじゃないかってぐらい、態度を豹変させることがあるのだ。

「ねー、ジンくん、チカちゃん。いいよねー」


 ぎゅっと、結んだ手を握って、アカネが言った。

 ぼくも、手を握り返すと、「うん……」と頷いた。

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//ユーアール・データベース03


鉄警団……鉄道とその駅周辺の治安維持を担当する集団。隊員は武装しており、緊急事態には武力行使も辞さない。

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