第Ⅱ話 都会って、おっかないね

 ロシュトゥール王国の王都、ファル=ナルシオン。

 その、中央ナルシオン駅の零番ホームに、ぼくたちは降り立った。


「はぇえ~」

 お上りさん気分で思わず、そんな声が洩れてしまう。


 だって、だって!

 こんなに、人がいっぱいいるのを見るだなんて、はじめての経験だからさ。

 ロカルノ村なんて、祭りの日でも、人が集まってきても、せいぜい、数十人くらい……。

 その数倍に達する人たちが、駅前に集まっているんだよ!

 すごい……なんか、知らないけど、興奮してきちゃうなー。


 ホームは、コンクリートの床が停車している列車に沿って、まっすぐに伸びている。

 反対側は、列車は停まっておらず、線路が覗いていた。

 そして、その向こうにも、同じように、ホームと線路、時々列車、が交互に並んでいる。

 ここって、どのくらいの列車が発車したり、停車しているんだろう……そんなことを考えていたら、目眩がしてきちゃうや。

 天井も高く、鉄骨のアーチが空を覆っているのが見える。

 そりゃ、ロカルノ村って、めちゃ田舎だし、列車に乗るのに、隣町まで朝イチで馬車で移動しなくちゃいけなかったんだけど、こう……何て言うか、すごい差を感じちゃうなー。


「ちょ! ふたりとも! 勝手に歩きまわらないでくださいませ!」

 チカに声をかけられて、ぼくは慌てて、脚を止めた。


 ——そうだった。

 チカはアリアンフロッドとして、この王都ファル=ナルシオンで活動している。

 都会には、ずっと彼女のほうが慣れているのだ。

 けど、ぼくたちはそうじゃない。

 彼女の言いつけを守らなくてはね。


「手! 手を繋ぎましょう」

 チカは、ぼくとアカネを呼び寄せると、そう提案してきた。

「えぇ~っ」


 前言撤回!

 こんなこと、言い出すだなんて、思わなかった……。

「そんな、子供みたい……めちゃ目立っちゃうよ」

「だ、ダメです。ふたりとも、ただでさえ、好奇心いっぱいなんですから。ここで迷子になんてなったら、大変なんですからね」


 何故か、顔を少し赤らめながら、チカが言った。

 う~ん、それは理由としては、どうかな?

 でも、アカネはちょっと心配かも。

 少しでも目を離していると、本当にどっかへ消えてしまいそう。


「手? うん、いいよぉ。ジンくんってば、いつも恥ずかしがってしてくれないから、こんな時じゃないと、できないからねー」

 アカネがスカートをひらひらさせながら、戻ってきた。

 今日のアカネは、サロペットスカートに、半袖のシャツ、それに黒いジャケットを羽織っている。


 出発の朝、春先のその恰好は寒くない?と聞いたのだが、何故かぼくに満面の笑みを浮かべ、これでいいんだよぉ、と告げた時のことを思い出した。

 スカートもかなり短いし、ジャケットを着ているとはいえ、アカネのかなり立派な双乳が目立っているので、ぼくじゃなくても、視線を吸い寄せられてしまう。


 現に、駅のホームを行き交う人々はすれ違いざまに、じろじろとアカネに不躾な視線を向けてくる。

 そりゃ、ロカルノ村でも、彼女は人気だったけど、こんな風にあからさまに、アカネの胸を見つめてくる人はいなかった。

 ぼくだって、着替えの時とか、こっそり見る程度なのに!

 いやぁ、都会っておっかないよねぇ。


 そして、ぼくたちは手を繋いだ。

 左手はアカネと、右手はチカと。

「ま、待って、待って!……ちょっと、おかしくない? なんで、ぼくが両手で手を繋いでいるのさ。アカネでしょ、迷子になりやすいのって」

「えー、ジンくん。そんな風に、あたしを見ていたの? お姉さん、悲しいなぁ」

「私から見たら、どっちも変わらないのですが……ジンライをしっかり捕まえておけば、アカネも洩れなく、ついてきますので」

「えー、あたしって、懸賞プレゼント扱い? お姉さん、悲しいなぁ」


 幼馴染みだけど、両手に華って言うのかな?

 身内びいきながら、ふたりとも、かなりの美人なので、ぼくとしても嬉しかったりする。

「で、でも……これじゃ、お菓子も食べられないよ」

「それって、さっきのお婆さんにもらったやつぅ? もージンくん、本当に子供だなぁ」


 列車を降りる時、お婆さんにキャンディーとチョコレートを貰ったのだ。

 アカネとチカがチョコ、ぼくが余り物のキャンディーを選んだのだが、本当はチョコを食べたかった。

 いや、いや。それは、どうでもいいのだけど。


 列車で、ちょっと騒いだので、てっきりお婆さんに怒られるのでは、と思ったのだが、あなたたち、元気ねぇ、これを持っていきなさい……とお菓子を渡されたのだ。

『あんたたち、アリアンフロッドを目指しているのか? 気ぃつけるんだよ』

 お婆さんは、何だかもっと話しかけたかったようだが、連れ合いらしきお爺さんに腕を取られて、列車から降りていってしまった。


「それじゃ、あたしが食べさせてあげるー」

「私が食べさせてあげますわ」

 両脇から、アカネとチカがほぼ、同時に言った。

「はーあ? な……何言ってんだよ」


 ふたりがポケットをごそごそとやって、「はい」と差し出してきた。

 ——ん? と、アカネとチカが同時に見つめ合う。


「ねぇ、ジンくん。どっち?」

「ジンライ。私のほう、ですわよね」

「ちょ……手から直接、食べるのかよ。やだよ」

「口移しがいいの? お姉さん、特別サービスで、やってあげてもいいよー」

「ば! や、やめろ!」


 ……などと、ホームで騒いでいると、後ろからどーん、と誰かがぶつかってきた。

 バランスを崩しそうになるが、ふたりが手をしっかりと握り返してきたので、踏みとどまることが出来た。


「おっと! 悪いな、前はちゃんと見て、歩いたほうがいいぜ」

 妙に目つきの鋭い男だった。

 背はあまり高くはなく、ジャケットに両手を突っ込んでいる。


「ぶつかってきたのは、あなたのほうですわよね。注意散漫なのは、そっちではなくて」

「へへ、そうかもな。ま、あんまりイチャつくと、いろんなところが疎かになるからよ。気をつけな!」

 くるり、と男は背を向けると、早足で歩きはじめた。

 あっという間に、人混みのなかに紛れて、見えなくなってしまう。


「ジンライ、盗られたもの、ありませんか?」

「え……っ」

 そう言えば、わざとぶつかってきたやり方といい、掏摸かもしれない。


 ぼくは慌てて、持ち物を探ってみた。

 財布や切符、手帳などなど……。


「あっ! ない!」

「——追いかけましょう!」

「うん!」


 アカネが先に走り出す。

 ——よりにもよって、あれを盗っていくだなんて……。

 でも、取り返さなくちゃ!

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//ユーアール・データベース02


ロシュトゥール王国……セナルフェ地方のほぼ、中央を占める王国。古い歴史を持つ大国のひとつ。

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