願いの器:第1章 後編
マレーナの言う"夢物語に詳しい者"は、サウラという女性だった。
彼女は、様々な伝承や古い言い伝えを調査して、それを絵本や紙芝居など、物語として語ることを生業としていた。
"お話"が大好きなテセラは、すぐにサウラに懐いた。
「ねえねえ!またあのお話聞かせて!」
「テセラ様は、本当に"雨"のお話が好きですね」
「うん!」
『雨』――
ある男の子が泣いてしまった。
少年の泣く姿を見て、お空も泣いた。
雨が降り続け、少年の周りにいた友達は、彼を元気づけようと、踊ったり、歌ったり。
その周りにいたみんなも一緒に、楽器を弾いたり、騒いだり、お祭り騒ぎだ。
その騒ぎはどんどんと大きくなり、いつしかみんなは、何のためにこんなに面白おかしくしているのか分からなくなってしまっていた。
けれど。
楽しいことに変わりはない。
泣いていた少年もまた、なぜ泣いていたのかを忘れ、みんなの輪の中に入ってとびきりの笑顔を見せていた。
お空もなぜ泣いていたのかを忘れて、笑っていた。
雨はとっくに止んでいた。
――おわり。
テセラはサウラから古い伝承の話を聞いている。
傍らにはカヴォルが控えている。
「マレーナ、まだ帰ってこないね」
テセラがカヴォルに話す。
「この辺りでは取り扱っていない薬草ですからね、今日は帰りが遅くなると仰っていました」
ドアをノックする音――
カヴォルが窓から外の様子を窺う。
「裏口を見てきます」
「どうしたの?」
サウラが心配そうに、裏口を見てきた彼に問う。
「町の方々です。裏口にもいます」
「まずいわね」
サウラがテセラを家の奥へと促す。
「おそらく、テセラ様に用があるのでしょう」
カヴォルとサウラは戸口を見ながら話す。
「彼らは、あの力が便利な万能薬とでも思っているのでしょうね」
「私たちがここにいることは知られている」
「表は人数が多い上に、農具を持っている……私が対応します」
カヴォルが玄関に立つ。
「私は裏口の方に説明するわ」
サウラは家の奥へ向かった。
「あの子供はどこだ」
カヴォルが扉を開けると、男たちが詰め寄る。
息が荒く、額は汗ばんでいる。
「いったい何の用ですか」
「あの子なら!俺の母親を助けられるんだろ?!」
男は農具を地面に置き、懇願する。
「頼む!母さんはずっと病気で、もう長くないんだ!」
「この間、孫が出来て少し元気になったと思ったら……!」
「お願いだ…!」
頼み込む男の後ろには、彼の友人たちが農具を持ったままカヴォルの後ろを覗き込んでいる。
「申し訳ありませんが、今日のところはお引き取りください。明日にでも、マレーナ様と私が伺いますので」
その言葉を聞き終えた男は、後ろの友人たちに目配せし、農具を握り直す。
「どけぇ!」
カヴォルは男の大振りを避け、農具を握る手の甲を殴る。鈍い音が鳴る。
「なにしやがる!」
友人たちが一斉にカヴォルへ襲いかかる。
男たちに囲まれ、鎌や鋤が振り下ろされる。
少しして、男たちが息を切らしながら動きを止める。
その中心には、全身に傷口や痣のあるカヴォルが倒れていた。
***
サウラが扉を開けると、若い男女が立っていた。
「うちの子が怪我をしてしまって…」
「ここにひどい怪我を直す、奇跡を持つ女の子がいると聞いたのですが」
サウラは警戒しつつ答える。
「残念ですが、そのようなお話は聞いた事がありません。代わりに、私が何かお力になれませんでしょうか」
サウラが言い終わるや否や、女は持っていた籠から調理用のナイフを取り出し、サウラに向けて突進する。
ナイフがサウラの腹部に突き刺さり、勢いのまま二人は家の中へ倒れこむ。
「あとは俺がやる!」
女はナイフを手放すと、起き上がり家の奥へと走り出す。
男はサウラに馬乗りになり、彼女の顔を殴りつける。
「やめなさい!」
サウラは激痛に耐えながら叫ぶ。
「うるせえ!口を閉じてろ!」
男の振り下ろす拳の速度が上がる。
「見つけた!」
家の奥から、女がテセラを連れて出てきた。
「いやあ!」
テセラはサウラを見て泣き叫ぶ。
男は動きを止めない。
「やめてぇ!」
テセラは女に掴まれた腕を振り解き、黄金の瞳に涙を浮かべながらサウラの元へ駆け出す。
***
農具を持った男たちは息を整え、家の中へと歩き出した。
足もとから光が漏れる。
倒れていたカヴォルの傷から金色の光が溢れ、傷口が塞がる。
「なんだあ?!」
彼は低く唸りながら立ち上がると、男たちを殴り飛ばす。
拳が当たる衝撃と共に、光が漏れる。
抵抗する男の鎌がカヴォルの背中に突き刺さる。
だが、カヴォルが鎌を抜きとり、男の脇腹に刺し返した時には、傷口は塞がり、金色に輝くのみとなっていた。
***
テセラがサウラに覆い被さる。
その瞬間、二人を包むように、家の床から金色の光が布のように広がる。
若い男女は、突如現れた黄金の光に弾かれる。
光はヴェールのようにサウラの顔や腹部に層となって重なる。
ナイフの傷は塞がり、顔の傷は癒え、代わりに美しい金色の紋様がサウラの口元と頬に刻まれる。
サウラの目に光が戻り、彼女は覆い被さるテセラの髪を撫でる。
「うぅ…ごめんなさい…ちから…使っちゃった…」
テセラは濡れた目でサウラを見る。
サウラは自身の頬に触れ、起き上がる。
「謝ることはありませんよ」
「テセラ様……ありがとうございます」
金色の布が解け、空気に溶けていく。
「ああ!奇跡だ!」
「なんて美しいの!」
サウラの姿を見た男女が口を開き、驚嘆の声を上げる。
「去りなさい」
サウラの声には、聞く者が息を呑むような静謐な響きが含まれていた。
マレーナの帰路――
町の一角から漏れる光が、雨に打たれる彼女の足を速めさせた。
『願いの器』-永遠の少女- 悠蛹 @HARUKASANAGI
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