願いの器:第1章 前編
「テセラ様、私はあなたに命を救われた」
「あなたの起こす"奇跡"は素晴らしいものです。多くの者から慕われ、感謝されるでしょう。ですがそれゆえに、より多くの者から狙われることになります」
カヴォルは膝をつき、テセラに目線を合わせ、ゆっくりと話す。
彼の、綺麗に頭の後ろで束ねた髪に、金色の光が混じり揺れる。
テセラは首を傾げ、カヴォルの金色の傷を見る。
「私がテセラ様にいただいたこの命をもって、あなたをお守りします」
カヴォルの"誓い"に、テセラは目を輝かせる。
「すごい!"騎士の誓い"ね!」
テセラは飛び跳ねる。
「紙芝居でしか見たことないわ!」
「カヴォル!わたしの騎士様!」
テセラはカヴォルの手を引いて立たせると、嬉しそうに彼の手を引いて歩き出した。
彼らの様子を見ていた大人たちは、恐る恐る彼女に近づき、口を開く。
「傷を癒して」と――
「病気を治して」と――
「失った腕を生やして」と。
集団に囲まれ、同時に話しかけられたテセラは困惑する。
彼らは次第に、順番を巡って口論を始めた。
「一度、帰りましょう。テセラ様」
「……うん」
テセラは騎士の手を引いて家へ帰る――
「ただいま!」
テセラに身寄りはなく、マレーナと言う養母に育てられていた。
「おかえりなさい」
マレーナは、テセラの背後に立つ男を見つめる。
「どなたかしら?」
「カヴォルと申します。私はテセラ様に命を救っていただいた――」
そこまで聞いて、マレーナは青ざめる。
「テセラ……力を使ったの?!」
「……ごめんなさい!でも、苦しそうだったから」
「見てると…わたしも苦しくなるの…」
テセラは居心地悪そうに下を向く。
「責めているわけじゃないわ」
マレーナはテセラに近寄り、彼女の金色の瞳を見つめる。
「その力はあなたの優しさそのもの。けれど、人の理解を超えている、計り知れないものよ」
「私には医術の心得があるわ。傷を負った生き物を見つけたら、私に教えて。出来るだけのことはするから」
テセラは俯きながらも、マレーナの言葉に耳を傾け、頷いた。
***
テセラを自室に戻し、マレーナはカヴォルにお茶を飲んで行くように提案した。
カヴォルの前に、白い花柄のソーサーと、青い茶葉が浮くカップが置かれる。
「あなたはもう、この世界の理から外れている」
カップを口に運ぶカヴォルへ、マレーナが口を開く。
「あの子の力は、傷を癒すものじゃない」
「では、何だと言うのですか?」
「テセラが力を使った生き物は、鳥であれ鼠であれ。もう死ぬことはない」
「何も食べずとも、空腹も感じない」
「おそらく、老いることもない」
カヴォルは言葉を失う。
マレーナは彼を見つめる。
「あの子が"あの力"を得てまだほんの少ししか経っていないから、これは私の推測でしかない」
「人間で、あの金色の糸に触れたのはあなたが初めてだから、確証はないわ」
「あ、ああ」
カヴォルは訳が分からないと頭を振るが、自分の中に、確かに以前と違う、異質な力が流れていると感じる。
「ひとまず、目的を持つことよ」
マレーナの言葉に、カヴォルは自らの"誓い"と、それを無邪気に喜ぶ神の如き力を持ってしまった少女を思った。
「まだ分からないことが多すぎる、信頼できる伝手を辿って、この夢物語に詳しい者と、人体に詳しい研究者を頼ることにしたの」
マレーナは飲み終わったカップを持って家の奥へと消えた。
カヴォルの前には、ほとんど中身が減っていないカップが置かれていた。
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