『願いの器』-永遠の少女-

悠蛹

願いの器-永遠の少女-

願いの器:序章

 少女は願った――


 焼きたてのパンの匂いと、石畳の道。

 白く美しい石造の町並みの奥には、巨大な水道橋が見える。


 幼い少女が街を歩いていると、目の前には翼が折れ、死に瀕した白い鳥が転がっていた。

「そんな…」

 少女はその鳥を、金色の瞳で見つめ、ただ、純粋に願った。

 少女の手が鳥に触れる。

 鳥の傷口が塞がり、傷跡は金色に輝いている。

 起き上がった鳥は、何事もなかったかのように再び空へ飛んだ。

「よかったぁ」

 鳥の白い翼が空から一枚、少女の手に落ちる。

 金色の光が差す羽を見て少女は言った。

「わぁ綺麗!まるで物語に出てくる天使の羽だわ!」


 白く美しい石造りの街には、金色の傷跡を持つ小動物が次々に増えていった。


 街の人々は異変に気づき、すぐにその現況が一人の少女であることに辿り着く。

 大人たちが水道橋の下で少女を見つけた。

 白銀の髪は左右に流れ、耳から顎にかけて内側へ顔の輪郭を包んでいる。

 少女は瞳を潤ませながら、傷ついた鼠に触れる。

「お願い…」

 その傷口が塞がり、再び活発に動き始めた様子を見て、少女は無垢な笑顔を浮かべ、ただ純粋に喜んでいた。


 水道橋の一部が崩れ、少女へと落下する。

 彼女を見ていた群衆の中から、男が一人飛び出す。

「危ない!」

 男はとっさに駆け出し、少女を突き飛ばしたが、瓦礫に押しつぶされ、群衆からは悲鳴が上がる。

 男は肺が潰れ、呼吸がままならない。

 溢れ出る自身の血液に溺れ、死にかけている。


「やだ……死なないで!」

 突き飛ばされた少女が、よろよろと男に近づいていく。

「お嬢ちゃん!危ない!」

「そこから離れなさい!」

 観衆から声が上がるが、少女の耳には届かない。

 顔が青ざめ、瞳に涙を浮かべた少女を、男はうつろな目だけを動かし捉える。


 少女はぺたりと、男のそばに座り込み、震える腕で男の赤く濡れた体に触れる。


 少女は願った――


 金色の光が紡がれた糸のように、細く、薄い繭のように漂う。

 水道橋下を照らし、群衆の影が伸びる。


 男がゆっくりと体を起こした。


「奇跡だ!」

「神の力だ!」

「天の化身だ!」

 群衆がざわめき、口々に叫ぶ。


 少女は触れたものの傷を癒し、再び立ち上がらせる力を与えることができた。

 どれだけ致命的な損傷をしていても、生きてさえいれば、彼女が触れ、そして願えば――それらは再び動き出すのであった。


 男は口元についた血液を拭うと少女に向き直り、跪く。

「私の名はカヴォル」

「あなたの名を、教えてくれないか」

 少女は再び動き出したカヴォルを、驚きと安堵の表情で見つめると、答える。


「わたしは、テセラ」


 男の体には、金色の傷跡が深く刻まれていた。

 水道橋の下、奇跡の残滓のように、金色の糸が細く漂っていた。

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