第2話 6月11日 (水) 18時40分 鈴木亜樹斗
僕は今家の近くの裏路地で、ボコボコになぐられていた。
もちろんゲームではない。リアルだ。
本当に何発も腹を殴られ、今や立ち上がる気力もない。
「も、もう。や、やめて」
必死に言葉を絞り出すが、高山は僕の言葉を意にも介さず腹を寝そべっている僕の腹を蹴り上げた。
「ぐへっ!」
「このクソ陰キャが!調子に乗りやがって!」
そう言って広田は僕の髪を掴み、無理矢理顔を引き上げる。
「ご、ごべんなさい!ほ、本当にごべんなさい!」
なんで高山広田に謝らなければならないのか全く分からなかったが、2人がキレているので必死に謝った。
檜山達と別れた僕は、夜ゲームする時に食うスナックとゼロコーラを買うため、家の近くのコンビニ、フェミニンマート、略してフェミマに寄った。
目的の物を買って、さぁ帰るかと外に出ると、そこで高山広田の2人が待ち伏せしていた。そして今に至る。
「おい、佐々木!随分舐めた真似してくれたな!
」
僕は佐々木じゃないし、舐めた真似もした覚えがないが、これ以上殴られたら本当死んでしまうんじゃないかと思った。
「す、すいませんでした!で、でも本当に舐めたとか、そんな事したつもりないんです!な、なんかしたなら謝りますから、ゆ、許して下さい!」
高山広太は必死で謝る僕を見てゲラゲラと笑った。
「謝っても許せねぇよ」
「ああ、そうだ俺ら大事な任務の途中だったのにお前のせいでめちゃくちゃ。責任取ってもらわないと」
任務?なんだこいつら?高校生にもなって厨二病か?
「渋谷の、ネメシスって知ってるよな」
ネメシス……確か渋谷最大の不良グループで、資金や人数がもはや半グレとか、ヤクザレベルだって。
警察もネメシスには警戒してるらしいし、とにかくやばい奴って話はしっている。学校でもネメシスの構成員にカツアゲされて、恐いから泣き寝入りしたとかいう話を耳に挟んだ事がある。
「し、知ってます。ね、ネメシスと僕が殴られてるの、何の関係があるんですか?」
高山はクククと嬉しそうにニヤつく。
「知ってんなら話が早いな。何を隠そう、俺らはネメシスの一員。俺らはネメシスの任務で檜山をメンバーに取り込もうとしていた最中だったわけ」
「そうそう。そんで女連れて檜山を接待してたのにお前が台無しにしたわけ」
はぁ?女連れて接待って!その女だって檜山で釣った女だろ!馬鹿なのか?こいつら馬鹿なのか?僕と会わなくて勧誘は失敗していたよ!
そう思った所でまた腹を蹴られる。
「う!」
「あの後さ、檜山くんゲームしたいから帰るって、女の子まで檜山が帰るなら帰るって。任務失敗どころか、俺ら女にまで帰られて面目丸潰れ。どうしてくれるの?お前のせいだよ」
理不尽。理不尽の一言。それに尽きる。
「あとさ、檜山って意外と真面目ちゃんで、ああやって人のこと馬鹿にするならもう付き合わえないとか言って、次の接待も絶望的」
「な、なんで………檜山くんを………ネメシスに勧誘なんか………」
「ははは、本当馬鹿だなお前。檜山がいると女が簡単に集まってくるんだよ!イケメン使えば女が集まる、女とイケメンがいれば金も集まる!檜山がいればネメシスの役に立つのは間違いないわけ!」
なるほど。それはそうかもしれない。高山広田はアホだがネメシスの上の人間はかなり狡猾なのかもしれない。
「お前さ、檜山の弱み調べろよ」
「………へっ?」
今なんて?弱み?檜山の?
「檜山の懐柔は無理そうだし、弱み握って無理やりネメシスに協力させっから」
「む、無理です。ぼ、僕コミュ症だし!檜山くんとも今日話したの初めてだし!」
僕は全力で拒否するが、もちろん2人は許してくれない。
「おい、広田、こいつの服脱がせろ」
「おっけー」
「や、やめてくれ!ほ、ほんとに!ほんとに!勘弁してくれ………」
抵抗虚しく、僕は2人に服を脱がせられ、全裸の写真を撮影された。
「1週間以内に結果出さねぇとこの写真クラスにばら撒くから」
「おいこいつ財布に結構金入ってるぞ」
「お、そりゃラッキー。この金は今日の迷惑料として貰っとくから」
そう言って去り際、高山広田は僕の財布から1万円を抜き取り、立ち去っていった。
………その後はどうやって家に帰ったか、よく覚えていない。
「ただいま」
そう言って玄関ドアを開くと、妹の瞳(ひとみ)が仁王立ちしていた。
「ただいまじゃねぇよ!クソ兄貴!どうせまたゲーセンでずっとゲームしてたんだろ!もうてめぇの夕飯なんてねぇからな!」
妹のキツイ言葉に返す気力も無かったが、なんとか言葉を絞り出す。
「うん、ごめん。つい夢中になっちゃって」
そう言った僕の顔を瞳が怪訝な顔で見つめる。
「……ど、どうしたクソ兄貴?な、なんかあったのか?」
「ああ、心配させてごめん。なんかちょっと熱っぽいかも。今日はもう寝るわ」
「はぁー!心配してねぇし!……母さんが作ってくれた飯、食わねぇのはクソ兄貴のくせに生意気すぎ。仕方ねぇから私が部屋まで持ってってやるから。食べれるもんだけも食えよ」
いつも厳しい瞳がなんだか今日は優しく見えてしまい。思わず涙が溢れてしまいそうになった。
僕は慌てて2階に上がる。
「あ、ありがと、瞳!じゃ、じゃあ」
2階に上がり、自分の部屋に急いで入る。すぐにベッドにドサリと倒れ込み、布団に包まり全身を隠した。
暫くして、瞳が部屋に入って来た。
顔は向けなかったが、机に食事を乗せてくれたのが音で分かった。
「………ちょっとでも食欲あったら食べろ。父さんも母さんも心配してる。明日も体調悪かったら学校休んで病院行け………バカ兄貴の菌なんてうつされたら、たまったもんじゃないからな!」
そう言って、瞳は部屋から出ていった。
僕は瞳の足音が遠ざかるのを確認し、ベッドの中で声を殺して泣いた。
泣いて泣いて、涙も枯れきった所で、僕は何時の間にか眠りについていた。
6月11日 (水) 21時18分 ?????
………夢を見た。たまに自分が夢を見ている事に気がつく時があるがそんな感じだ。
ベッドで寝ていたはずの僕は、いつの間にか今日高山と広田にボコボコにされた、フェミニンマートの近くの路地裏にいた。
自分の体をキョロキョロと見回す。
無地の黒いTシャツに無地の白い半ズボン。こんな服持ってたっかな?まぁ夢だしそんな事もあるだろう
。
しかし服装以上に見逃せない不可解な事がある。視界の左上端に、まるでゲーム画面の様なウインドウがチラついていたのだ。
[ NAME:モブ山モブ男(仮) ]
[ HP 400 ]
[FP 50 ]
「まるでゲームのステータス表示みたいだ」
そう呟くと、胸元辺りに半透明の画面が現れた。
生命力 10
精神力 10
持久力 10
筋力 10
技量 10
知力 10
信仰 10
神秘 10
それを見て僕は合点がいった
ああ、これエンゼルリンクの初期最弱キャラ、素寒貧(すかんぴん)のステータスだ。
そして今の見た目。この前インストールしてちょっとやったけどすぐやめたPCソシャゲの初期アバターだ!確かその時名前をモブ山モブ男にした気がする。
最近やったゲーム要素てんこ盛りのキャラクターに今日ボコボコにされた路地裏……つまりこれは……。
「はぁー」
思わずため息が出る。僕はどうしようもないやつだ。
「今日あれだけ惨めな思いをしたのにも関わらず………
ゲームの夢を見ているとか……」
自分自身に呆れてしまうが、現実逃避したい気分なのは間違いない。
とりあえず今の状況、夢の世界を楽しむことにした。
まずはゲームの基本。操作性チェック。
歩いてみると、足に伝わる感覚はとてもリアルで良いが、靴が安っぽく歩きにくいのでその点は×だ。
次はグラフィックを評価するか。
おお、いつもの街だすごい、そのまんま。ちょいそのまんますぎて手抜き感あるが、まぁ夢だし当たり前か?
ゲームの世界だからある程度ファンタジー感のあるワールドマップになってるのかと思ったし、その方がワクワクするのだが、本当に僕が住んでいる街そのまんまだった。
「じゃあ今日行ったフェミマもあるのかな?」
路地裏から出てしばらく進むと、
「おお、あったあった」
フェミマの駐車場に到着する。真っ暗闇の中、煌々と光を放つ夜のコンビニは高校生の僕にどこか異世界のような異様さを感じさせた。
数秒コンビニを眺めていると、足に「コン」と何かが当たった。
「ああ、空き瓶か」
誰が飲んで捨てのであろうエロナミンCの空き瓶。
拾い上げてみると小さなウインドウが表示される。
瓶 威力5
耐久1
なるほど手に入れたアイテムの詳細が見えるのか。
これはゲームっぽくて良いな。
「よし、フェミマに入ってみるか」
そう思って歩みを進めようとしたその時、フェミマの駐車場の端に嫌なものを見つけてしまった。
「……あれ、高山と広田じゃね?」
入り口前でたむろし、カップ麺を食っている二人組。間違いない、高山広田だ!
「……あいつら、俺から1万円盗ったよな。あれ俺から盗った金で買ったんじゃねぇか?」
ゲーム(夢)の中だと分かってはいたが、無性に腹が立ってしまう。さらに、二人がヘラヘラと話す声が聞こえてくる。
「ああ、それにしても檜山のやつめんどくせぇな」
「あいつもボコボコにしちゃう?」
「いや、顔傷ついたらあいつの価値なくなるし、それに檜山運動神経いいし、タッパあるから二人だけだときついだろ」
「じゃああと何人か集めてやる?ムカつくんだよね、女にチヤホヤされてんのに冷めた態度とって」
「いい加減にしろよ。鬼塚さんに何て言う気だよ、殺されっぞ」
さっきまでイキっていた広田は青ざめた顔をする。
「じょ、冗談だって。檜山をうまく取り込んでうちのグループに入れたら、鬼塚さんが正規メンバーにしてくれるって約束してくれたし。鬼塚さんを裏切ったりはしねぇよ」
「ああ、成功すればちゃんと美味しいことあるから地道に頑張ろうぜ」
正規メンバー?もしかして、ネメシスに入ってるってあの話か?あんだけ偉そうに言っといて、高山広田は正規メンバーじゃなかったのか?
「おう。それよりあのゲームオタク、明日学校来るかな?」
イラっとしたが、多分ゲームオタクとは僕のことだろう。
「いや、休むだろ、クソ雑魚だし」
クソ雑魚……だと?ストファイ上位ランカーの僕に向かって、貴様、雑魚と言ったか?
「あのオタクチクったりするか?」
「いや、それも大丈夫だろ。ネメシスの名前出しておいたし」
「まぁそっか。大丈夫だな」
「それよりもこのまま不登校になるかもな」
「ああ、それある、まじでめんどくせぇ」
「そうなったら友達のふりして家に行くべ」
「ああ、いいかも。それで檜山の事無理やり手伝わせよう」
「妹とか姉ちゃんいるかも、可愛かったらやっちゃうべ」
「おお、確かにあいつ顔は女顔だし、姉妹いたらいいかもな」
そう言って高山広田は下世話に笑っている。
俺は夢の中だと言うのに怒りが沸々と湧き上がってきてどうしようもなかった。
このクズどもは、誰かが粛清しなくてはならない。
そう思った瞬間、俺はエロナミンCの瓶手に持ったまま、大きく振り被っていた。
「ストファイ主人公の一人、リョウハヤブサの必殺技」 コマンドは……
↓↘→+P(弱パンチ)!!!
『波動撃!』
そう言って俺は手前に座っていた広田めがけて思いっきり瓶を投げた。
「ドゥグン」
という鈍い音がした。
「やった!クリティカルヒット!!」
僕の投げた瓶は、広田のこめかみにクリーンヒットした。
「ザマァみろ!クソ野郎が!!!」
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