60フレームのオーバーレイ

唐土唐助

第1話 6月11日 (水) 13時30分 鈴木亜樹斗

 保育園の頃、仮面ライダーが大好きで、宝物はライダーのソフビだった。

 将来の夢は仮面ライダー。割と本気だったし、仮面ライダーのポーズを良く真似していた。

 だがその夢はすぐに叶わぬものと知る事になる。


 両親に連れて行って貰った大好きな仮面ライダーのヒーローショー。僕はどうしても仮面ライダーに会いたくて、ヒーローショーの控室にこっそり忍び込んだ。

 そこで僕が見たのは、仮面ライダーから汗だくのおっさんが出てくる所だった。


 そう、仮面ライダーなんていない。正義の味方なんてこの世に存在しないとあの時知った!


 その後もそこそこ悲惨な目にはあってきた気がする。


 小1のクリスマスイブ、泥酔した親父が安っぽいサンタのコスプレをして突然枕元に現れ、「ほらアキト!サンタさんがクリスマスプレゼントを持ってきたぞー」と叫んだ。そう叫んだ直後、親父サンタは俺の枕目掛けて勢いよくゲロを吐いた。

 その年以降、ウチにサンタクロースは来なくなった。


 初めて好きになった女の子には小5の時ビンタされ、それから高校生になった今日まで無視され続けているし、中学で入った部活では部員の全員から嫌われ、メンタルをやられた僕は僅か半年で退部した。


 この程度の些細な不幸は無限にあるのだが、これ以上は不幸自慢みたいになってしまうので一旦やめておく。


 こんな不幸続きな僕も、それなりに努力して幸せになろうだとか、友達いっぱい作ろうみたいに思った事もあったのだが、どうやら僕という人間は、そもそもこの社会生活に向いていないようである。


 どのコミュニティに行っても周囲から除け者にされ、結局今日まで友達と呼べるようなものは一人もできなかった。


 そんな僕が、現実世界から遠ざかるために、ゲームにどハマリしていったことは当然の結果と言えるだろう。


 ゲームは中学1年から始めて、少しずつハマっていったが、ここ1年のハマり方は自分でもヤバいんじゃないかと思う程で、家にいる時間のうち、食ったり寝たりしてる以外はたぶんほとんどゲームしていると思う。


 もちろんこんな生活をしているので、僕はより一層クソになった。

 中学の最初の方はやることなくて勉強していた時期もあったが、今は学校の授業中ですらゲームの事を考えてぼーっとしている僕は、勉強も運動もできない立派なクソ陰キャだ。


 まぁ色々言ったが勘違いしないでほしい。僕は決して不幸ではない、むしろとても幸せなのだ。

 これまで沢山の物を失ってきた僕だが、その代わり人生で最も大切な物を手に入れる事ができたのだ。


 僕の手に入れたものは、そう、ストレートファイティング7、略してストファイ7だ。

 みんなご存知大人気格闘ゲームの第7作目で、プレイヤー数は日本だけで100万人を軽く超える。


 ストファイより面白い物なんてこの世には無いと断言する!異論は認めない!!これさえあれば僕は、このクソみたな世界でも生き続けることができる!


 さて、今日は昨日ネット対戦で負け越したガルシムへの対策!イメージトレーニングだ!


 小パンチ 4フレーム、ここは反応するね、ガルシムのガード硬直 2フレーム。

  後ろ跳びで距離を取って、すかさず

     ↓↘→+P(弱パンチ)!

     『波動撃!』

うむ、我ながらExcellent!

 ガルシム飛べずに波動撃をガードで受ける。

 この間距離調整、からの

     ↓↘→↓↘→+P!!!  

     『鳳凰連舞!!!』

 滑らかに指が動く。コマンド一つ入力まで、わずか0.7フレーム!! Perfect!そして残HP調整もPerfect!! Perfectだ!!!

 僕の得意キャラクター、篝火 伴蔵(かがりび はんぞう)最後の一撃が炸裂し、ガルシムが倒れる。

  『K.O.』

 はい、ここで伴蔵の決めゼリフ!

  「篝火流忍術の真髄、思い知ったかぁぁぁ!!」

 完全にイメージできた!さぁ、あとは早く家に帰って実践してみるだけだ。


 「よし!」


 思わずそう独りごちたその瞬間、後ろから頭を「ポン」と叩かれた。


 「いてっ」


 「いてっ、じゃない、よし、じゃない!今授業中だぞ鈴木。ノート真っ白で何が『良し!』だ」


 数学の田中がそう言うと、クラス中がどっと笑い、僕は顔がカッと熱くなった。


 「す、すいません……」


 僕を見てこのクラスのカースト上位のギャル、日高琴子(ひだかことこ)が、

 

「キモ」


っと一言だけ放ったのが聞こえた。

 隣の席の檜山克樹(ひやまかつき)が心配そうに俺に声をかける。


 「俺のノート見て写しなよ」


 くそー、檜山、お前に同情されるのが一番惨めだ。

 お前は僕と違って陽キャで頭が良くて、運動神経抜群で、それに何より超絶イケメン!

 お前に優しくされると、僕の陰の面が一層際立つのだ!まぁでも、


 「あ、ありがとう、檜山くん」


ノートはありがたく見せてもらう。赤点は取りたくないしな、ゲームできる時間減るし。


 その後は流石に授業に集中したが、ああ、本当に失敗した。

 僕は極力目立ちたくないんだ。陰キャが目立つと碌なことにならない。下手すればクラスのいじられキャラになって面倒事を抱え込む事になりかねないのだ。


 「ああ………こんな日は、久しぶりに憂さ晴らしでもするか」


 性格がネジ曲がっている僕は、負け込んでいる時はストレス発散の為に雑魚狩りをすると決めているのだ。

 大好きな雑魚狩りの為に、少し遠いゲームセンターに足を伸ばす。自転車を鬼漕ぎして隣町のゲーセンに到着。


「あったぜ!」


 ストファイ7の筐体を見つけた僕はすぐに席につき対戦者を待った。


 人気のゲームなのですぐに対戦相手が現れるが、マスターランク帯(ストファイオンライン対戦の最上位クラスがマスターランク)でも上位(上位3%)の僕に叶うはずがないだろ雑魚ども!


 入れ替わり立ち代わり対戦相手が現れるが、軽々ぶちのめしていく。

 ふぅ、やはり雑魚狩りは精神を保つ為に最適な方法だよ。


 「おい見ろよ。あの高校生。16連勝だってよ」

 「お前対戦してみろよ」

 「いや、無理だよ、レベル違うって」


 あああああああああ!気持ちいぃぃぃぃ!!外野からの声最高!いくらでも聞いていたいが………そろそろ潮時かな?


 あんまり勝ちすぎると目立ちすぎる、恨みを買う、良いことはない!

 そろそろ家に帰ろうとしたその瞬間、


「あれ、あいつ同じクラスのやつじゃね?」


 その声にギクリとし冷や汗が垂れた。

 ひ、引き時を間違えたぁ!!!

 やり過ぎだよ僕の馬鹿!気持ちよくなって油断しすぎ!!


 気づいてないフリをして慌てて帰ろうとしたが、やつらは逃がしてはくれない。


 「おーい、奇遇だなぁ」


………話しかけんなよ!今まで一回も話したことないだろ!これだから陽キャは嫌いだ。


 あからさまに話しかけられた以上、目を合わせない訳にはいかない。僕は渋々顔をあげた。


 6人グループ!?しかも男子3、女子3だと?とてつもないリア充のオーラを感じる!

 僕に話しかけて来たのは、同じクラスの高山浩二(タカヤマコウジ)、その隣に同じく同クラの広田敦(ヒロタアツシ)。


 高山はヒョロっとした痩せ型。細い目、うちの学校割と進学校なのにかなり明るく髪を染めてる、いかにも不良っぽい奴。


 広田は太ってて、顔が恐いのでただただ関わり合いたくないし、クラス内でもすぐにキレる癇癪持ち。


 まぁ何が言いたいかと言えば、外で最も出会いたくないクラスの二人に会ってしまった!僕は本当についてないやつだと言う事だ。


 女子3人は3人とも見たことない奴、他校の人かな?だけど、3人とも結構可愛い。

 凄えな。高山も広田もぶっさいくなのに!っと思ったが、女の子が集まった理由についてはすぐに合点がいった。


 檜山がいる。


 隣の席の檜山克樹(ヒヤマカツキ)。これが本当にイケメン、本当に他校に轟くほどのイケメンなんだ。


 なるほど、女の子達は檜山目当てね。

 というか檜山が高山、広田と交流があるとは意外だな。これは今後檜山とも極力関わらない方が良さそうだ。


 僕に声をかけた高山は「うーん」と何か考えている。


 「うーん………お前名前なんだったけ?」


 はぁ?同じクラスのやつの苗字すら覚えてないんか、こいつ!………まぁいいか。逆にそれ程記憶に残っていないというのは僕の思惑通りという訳だしな!


 そう思っていると、次は広田が口を開く。


 「おいおい、同じクラスの奴の名前まだ覚えてないのかよ」


 お、広田。意外と良いこと言うんだな。キレやすいデブと思っていたが考えを改めよう。


 「こいつ佐々木だよ」


 「ああそう佐々木だ!」


 おい!違う鈴木だ!鈴木亜樹斗(すずきあきと)!訂正しようと思ったが、こいつらの気持ちを逆撫でしたくない。僕は、


 「ははは」


と乾いた笑い声を無理やり出した。

 我ながら情けないと思っていると、


 「違うよ。佐々木じゃなくて鈴木。鈴木亜樹斗君だよね」


と檜山が言った。


 何度も言うが、僕はクラスで日によっては一言も喋らない日もあるという、仙人のような孤高の生活を貫いていたので、檜山が俺のフルネームを知っていた事にかなり驚いた。


 「えっ?えっと、う、うんそう。佐々木じゃなくて鈴木。鈴木亜樹斗。檜山くん僕の名前知ってたんだ」


「だって隣の席だろ?」


 サラッとそう言った檜山。

 イケメンでしかもいいやつだって!?くそっ!惚れてまうやろ!!


 ちょい嬉しくなってニタっと気持ち悪い笑みを浮かべそうになった所で、高山と広田が気分を害する一言を挟んでくる。


 「はは、檜山くん、こんな陰キャくんと仲いいのかよ!ウケる」


 あああああ!ぶっ殺してぇ!!

 ああそうだよ!陰キャだよ!でもそんな言い方ってねぇだろうよ!!!


 「いや、仲良くはないかも。今日初めて喋ったし」


 檜山が追い打ちのようにそう言放ち、僕の気持ちはドン底まで落ちていく。


 そりゃそうだ。檜山の言う通り、別に僕達は友達でもなんでもない。早く帰りたいよ!と泣きそうになったところで、なんと檜山は高山、広田をギロリと睨んだ。


 「あのさ、陰キャとかよく知りもしないで言うなよ」


 二人は一瞬たじろぐ。


 「檜山くん優しい」

 「ねー」


 そう言って女の子達は檜山をウットリと見つめている。それを見て高山広田はあからさまにイライラしている。いい気味だぜ!


 「あー分かったよ。悪かったな佐々木。じゃあ俺らこれから皆で遊ぶから!もう行くわ!」


 また名前間違えてるが………まぁ帰ろうとしてるしいいかと僕はほっとしたのだが………


 「待って!鈴木君」


 そう檜山が僕を呼び止めた。


 「な、なに?」

 「鈴木くん、ストファイやってたんだろ?俺と対戦しようぜ!」


 僕はポカンとした。ストファイ?檜山が?

 どうしよう、ボコボコにしちゃったらドン引きだよな。………そうか!接待プレイか!?


 「檜山くんがゲームするのみたーい」


 なんて女共が囃し立てるせいで、僕は半ば強制的に檜山とストファイで対戦する事になってしまった。


 「レディー……ファイ!!」


 さぁ非常に面倒くさい一戦が始まってしまいました。

 実況席の鈴木さん、同戦いますか?

 やれやれ、とりあえず弱パンチ縛りですかね?それでもハンデ足りないか?檜山みたいな奴がストファイ上手いはずがないですからね。


 ………あれ?檜山、コンボできてる。というか結構強い?

 まぁ強いとは言ってもマスターランクには程遠い。でも………あれ、こいつ面白い戦い方をするじゃん!


 僕はついつい、熱が入ってしまう。弱パンチ縛りとか、すぐに忘れた。


 「K、O!!!」


 結局僕が2タテの圧勝。

 でも………楽しかった。意外と………と思った瞬間さっと血の気が引いた。


 「えー、檜山くん可哀想」

 「てかゲームにマジになってキモいんだけど」


 女子の冷めた目線のせいで、僕のライフポイントはゼロになった。いや本当にごめんなさい。すぐに消えるんで勘弁して下さい。


 「じゃ、じゃあ僕はそろそろ帰るので」


 そう言って席を立つと、檜山が突然俺の手を掴んだ。


 「鈴木君!!」


 「えっ、えっ?あっ、ごめん、つ、つい本気でやっちゃって……」


 怒鳴られる!と思ったが、檜山は怒鳴るどころか嬉しそうに声を弾ませた。


 「なんで謝るんだよ!すげぇよ鈴木くん!もしかして……鈴木くんってマスターランクなのか?」


 「あ、え、えっと一応そうだけど!」

 「やっぱり!俺まだダイヤモンド!」


 ダイヤモンドクラスはマスターランクの一個下だ。どおりでそこそこできるわけだ。


 「ひ、檜山くんランクマッチやってるの!?」

 「やってるやってる!マスター目指して毎日やってるから」


 「で、でも檜山くんの使ってるキャラ、相撲のデズモンド山田だよね。マスターランク行ってる人は投げ技対策バッチリだから、デズモンド使うならかなり練習しないとキツイかも………」


 「あーやっぱそうだよなぁ!でもデズモンド好きなんだよな」


 「あー、えっと、檜山くんの戦い方面白いし、鍛えたら意外といいとこ行くかも………投げ技メインでいくならもっとフェイント使って、その為にもっとインパクトを魅せに使って………あ、やべ」


 早口で僕キモすぎ!と思いすぐ話すのを止めたが、何故か檜山は目をキラキラ輝かせている。


 「本当!?マスターランクの鈴木くんにそう言って貰えるとめーっちゃ嬉しい!!もっと話聞きたいんだけど!これから鈴木くんの事師匠って呼ぶぜ!!」


 「や、やめてよ師匠は!」

 「えー?駄目かな師匠って」


 「は、恥ずかし過ぎる」

 「そ、そうかな」


 師匠と呼べなくて檜山は何故か残念そうであった。


 「そうだ、鈴木くん、ライン交換しよう!」


 「え、えぇ!?ぼ、僕と?ライン交換!?」


 「そう、ストファイの話ししまくろうぜ」


 「あ、あ、え、えっと………よろしくお願いします」


 こうして、僕のラインの連絡先に初めてクラスメイトが追加された。自然と顔がニヤけてまたキモい顔になりそうだったので、僕は慌てて口元を抑えた。


 「檜山くん、私ともライン交換しようよ」

 「えー!由美ズルい!私も」

 「私も!」


 女の子達は今がチャンスと檜山に群がる。弾んだ気持ちが一瞬でスンとなる。


 うん、そうだよね、檜山と僕は住む世界が違う。可愛い女の子3人の連絡先一瞬でゲット。それに檜山だって、僕なんかより可愛い女の子の方が嬉しいに決まっている。


 この隙にそーっと帰ろうとしたが、


 「あー、俺あんまラインしないから連絡先交換しても既読スルーとかすると思うんだよね。だから交換すんのはいいけど申し訳なくて」


 「えー!さっきは話いっぱいするって言ってたじゃん!」


 「鈴木くんとはね。だって友達だもん。夜ゲームの話とかしたら楽しいじゃん」


 「さっき仲良くないって言ってたじゃん!」


 そう指摘された檜山は笑いながら言った。


 「さっきまではね。今めっちゃ仲良くなったから」


 おい、檜山、マジで好きになっちゃうだろうが!

 しかし檜山の言葉は悪手だった。

 冷たい目線がまた僕に集中した。


 「じゃ、じゃあ僕はこれで!」


 こういう時は逃げるが勝ちだ!檜山は名残り惜しそうに僕に声をかける。


 「じゃあね、鈴木くん!また明日、学校で!」


 「……う、うん!また明日」


 そう言ってゲーセンを飛び出した僕。


 高山達に絡まれてさんざんな雑魚狩りだった……と言いたい所だが………檜山のおかげで、まぁ悪くない気分転換になった。明日学校に行くのが、ちょっとだけ楽しみだと、久しぶりに思った。


 なんて………そんな事を思っていた数十分前の俺は本当にバカでした。


 

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