たまごサンド
江賀根
第1話
「あなたの手作りサンドイッチが食べたいわ。たまごたっぷりの」
ある春の晴れた日、公園のベンチに腰掛けた女がそう言った。
男は、女に想いを寄せていたため、女の願いを叶えたいと思った。
男はすぐに近所のスーパーマーケットへ出向くと、食パン、たまご、マヨネーズなどを次々とカゴに入れ始めた。
しかし——これは手作りサンドイッチではない。
男は食パンを売り場へ戻すと、今度は強力粉とイーストをカゴに入れた。
だが——これも違う。手作りではない。
男は、カゴの中身を全て棚に戻して店を出た。
まずは土地だ。
男は不動産屋へ行き、郊外に二千坪の荒れ地を購入した。
最初にしたことは、土地の隅に三本の胡椒の苗木を植えることだった。
それから一年かけて、苗木に水やりをしながら、荒れ地の草を刈り、石を拾い、土地を均していった。
近所の農家に頼み込んで水利権を譲ってもらい、男の土地に水が引けるようになったころ、再び春が来た。
胡椒の木は順調に成長していたが、花や実をつけるのはまだまだ先のようだった。
男は、整地した土地に田畑を作り、小麦と稲とサトウキビを一反ずつ植えた。
季節が夏になると、作物の害虫対策をしつつ、何度も海に通って海水を汲み、天日干しして海塩を作った。
やがて実りの秋を迎えると、男は米と麦を収穫した。
米を蒸して麹を作り、その麹と別に蒸した米を合わせて、米酢を仕込んだ。
小麦は刈り入れしたあと干し、石臼で挽いて小麦粉にした。
それらの作業を終えると、男は秋のうちに菜種を一反植えた。
冬が来ると、寒さから守るために、胡椒の木を温室で囲った。
それから木材を購入し、土地の空いているスペースに牛小屋と鶏小屋を建てた。
さらに空いている時間を使って、小麦粉と水を混ぜて瓶に入れ、天然酵母を育て始めた。
年末に実ったサトウキビを収穫すると、汁を搾って煮詰め、乾燥させてキビ砂糖を作った。
男は収入がなかったため、貯蓄が尽きてくると食品衛生責任者の講習を受けてから営業の届出を行い、作物の一部を売って金に変えた。
冬が過ぎて三度目の春が来たタイミングで、男は二頭の乳牛と五羽の雌鶏を飼い始めた。
そして、実りを迎えた菜種を収穫すると、それを干してから絞り、菜種油を作った。
また、前年よりも良いものを作ろうと、その年は二反ずつの小麦と稲を植えた。
夏になると、ついに胡椒の木に小さな白い花が咲き、緑色の小さな実が付き始めた。
牛と鶏、麦と稲の世話をしつつ、余った時間を利用して、その夏も海塩づくりに取り組んだ。
秋になると、収穫した米と麦で再び米酢と小麦粉を作り、前年よりも随分と質の良いものが出来た。
男が生活のために、余分な小麦粉・米酢・菜種油・海塩・キビ砂糖などを売ると、予想外の金が手に入った。
その金で土地代の借金を返済し、パン作りのための道具を揃え、牛小屋と鶏小屋に暖房を取り付けた。
その頃には男の存在は周囲で評判になっており、男の土地で作られたものは高値で取引されるようになっていた。
そして冬の間は、絞った牛乳を容器に入れて撹拌してバターを作った。
多めにできた分を販売すると、それも瞬く間に売れた。
また、そのバターを使って練習のため焼いたパンを販売すると、毎日行列ができるようになり、テレビや新聞の取材依頼が来たが全て断った。
そして四度目の春、念願の胡椒の実が収穫の時期を迎えた。
収穫した実を軽く茹でてから干し、それを石臼で丁寧に挽いて黒胡椒を作った。
その黒胡椒を売ってくれとの問い合わせが殺到したが、男はそれどころではなかった。
——これで揃った。
男は、すぐにサンドイッチ作りに取り掛かった。
小麦粉、バター、牛乳、キビ砂糖、天然酵母でパンを焼き、卵黄、菜種油、米酢、海塩でマヨネーズを作った。
そして、茹でたまごを刻んだものをマヨネーズと黒胡椒で味付けし、それをバターを塗ったパンにたっぷりと挟んだ。
こうして、ついに男の手作りサンドイッチが完成した。
女に言われてから、丸三年の月日が経過していた。
男は、サンドイッチが完成したことを女に電話で伝えると、指定された公園へ向かった。
偶然にも、あの日と同じような天気で、女はあの日と同じベンチに腰掛けて待っていた。
早速、女に手作りのたまごサンドイッチを渡すと、女がサンドイッチを口に含んだ。
女は何も言わずに食べ進め、一つ目を食べ終えると、ようやく口を開いた。
「ちょっと、マヨネーズが多いわね。でも——悪くないわ」
男の三年間が報われた瞬間だった。
その後、女は無言でサンドイッチを食べ続けた。
そして、男が持参したサンドイッチを全て食べ終えると、再び口を開いた。
「食後に、あなたの手作りココアが飲みたいわ」
たまごサンド 江賀根 @egane
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