第6話:シャンパンゴールドの炊き出し

第6話:シャンパンゴールドの炊き出し


 冬至を過ぎた街に、冷酷なまでのシャンパンゴールドの夕陽が降り注いでいた。  光は平等に降り注いでいるはずなのに、団地の影はどこまでも長く、暗い。    広場の中央、重蔵(じゅうぞう)はいつもの銀色の鍋を火にかけていた。  今日は特別な日だ。街中の「わけわかめ」な事情を抱えた連中が集まってくる。


 その輪の端で、二十代の女性・ミオは、自分の肩を抱くようにして小さくなっていた。  彼女はいつも「自分だけの愛」を探して彷徨っていた。SNSで見るあの子のように輝きたくて、誰かに必要とされたくて、けれど結局「誰のものでもない私」という虚無感に押し潰されそうになっていた。


「……羨ましい。ただ、虚しい」


 ミオは、Mrs. GREEN APPLEの「Darling」のメロディをなぞるように、心の中で呟いた。  自分が選んだ道のはずなのに、たまに振り返っては、呆れられないための「絆」を求めて布団の中で丸まっている。やるせない日々の海は、二十歳の彼女にとってあまりに深く、冷たい。


「おい、そこ。……何に抱きつけばいいか分からねえなら、この椀でも抱いてろ」


 重蔵の濁声が、ミオの思考を断ち切った。  重蔵は、湯気の向こうで大きな木のお玉を振るっている。今日のスープには、南瓜、人参、大根、蓮根、饂飩……ありとあらゆる「ん」のつく運が放り込まれていた。


「……重蔵さん。私、あの子みたいになれない。みんなと同じで居られないことが、怖くてたまらないの」


 ミオが声を震わせると、重蔵は無造作にスープを注いだ椀を突き出した。


「あの子になんて、なる必要もねえし、なれっこねえだろ。……『私の私で居てもいいの?』なんて、そんな当たり前のことを聞くんじゃねえよ。……ほら、食え。やるせない日々の『膿(うみ)』は出切らねえが、この熱(ねつ)なら腹に入る」


 ミオはおずおずと椀を受け取った。  一口啜ると、五臓六腑に熱い出汁が染み渡る。それは、誰のものでもない「ミオ自身の体温」を呼び覚ますような、強烈な味だった。


「……熱い。……でも、私の音が聴こえる気がする」


「そうだ。……Darling(ダーリン)、なんて甘っちょろい呼び相手がいなくても、お前を支える背中はここにある。この鍋の熱さ、この広場の土、そして今隣でスープを啜ってる、わけわかめの連中。……みんな、自分のワダカマリを抱えて、ここで燻(くすぶ)ってる仲間だ」


 ふと見渡せば、第1話の源三が、第2話のタクトが、第3話の武夫が、それぞれの椀を抱えて、シャンパンゴールドの光の中にいた。  みんなと同じだから楽になるわけじゃない。けれど、みんなが「自分のままでいい」と認め合うこの場所は、何よりも深い絆のように感じられた。


「……私の私で、居ていいんだ」


 ミオの頬を、一筋の涙が伝い、スープに落ちた。  それは、自分を好きになりたいと願う、正直な心の雫だった。   「ああ。……強がりが崩れる夜は、この味を思い出せ。お前はお前であれ。……以上だ」


 重蔵は焚き火に新しい薪を放り込んだ。  爆ぜる火の粉が、夜空へ舞い上がっていく。  「誰かの私」にならなくても、ここで温かなスープを飲んでいる一人の「私」がいる。    街全体が、スープの湯気と夕陽に染まり、本物のシャンパンゴールドに輝き始めた。   ――第6話 完。




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