第6話
大剛との決戦から数週間が経ち、4組の空気が変わり始めたある日の放課後。ケンジ、トモ、そして大剛の三人は、学校裏にある寂れた定食屋「松月」の暖簾(のれん)をくぐりました。
「おばちゃん! 唐揚げ定食の山盛り、三つ!」
大剛の野太い声が、油の匂いが染み付いた店内に響きます。数週間前まで殺し合いを演じていたとは思えないほど、大剛の表情には屈託がありません。
「……なぁ大剛。本当に良かったのか? 僕にヘッドの座を譲ったままで」
ケンジが遠慮がちに切り出すと、運ばれてきた山盛りの唐揚げを頬張りながら、大剛は豪快に笑いました。
「気にするな。負けは負けだ。それに、街でボロボロになるまで鍛え直してきたお前の目を見て確信したよ。今の4組に必要なのは、俺の脳筋な力じゃなく、お前みたいな執念だ」
トモがスマートフォンの『阿修羅』アプリを開きながら、横から口を挟みます。
「ま、順位だけ見りゃケンジが130位、大剛が131位のワンツーフィニッシュだけどな。でもよ、俺は一つ納得がいかねえんだよ」
トモが箸を置き、真剣な目で大剛を見据えました。
「大剛。お前、中学時代は柔道で県大会まで行った名門の出身だろ? なんでケンジとの喧嘩でその技を使わなかった? お前が本気で組んで投げりゃ、ランキングは二桁……いや、1組のヘッド(一条)とも並べたはずだぜ」
店内の空気が、一瞬で重くなりました。
揚げ物の弾ける音だけが響く中、大剛は静かにコップの水を飲み干し、ポツリと語り始めました。
「……柔道は、もう捨てたんだ。いや、使う資格がない」
大剛の視線は、自分の大きな掌に落とされていました。
「中学の時、俺の道場に体が小さくて筋が良い後輩がいた。俺はそいつを弟みたいに可愛がってたんだが……ある日、そいつが地元の悪質な連中に絡まれてボコボコにされた。助けに行った俺は、頭に血が上って、加減を忘れちまったんだ」
大剛の拳が、みしりと音を立てて握りしめられます。
「アスファルトの上で、柔道の技を使って相手を叩きつけた。相手は全治三ヶ月の重体。後輩は助かったが、俺は大会出場停止、道場も破門……警察官だった親父には『お前のその腕は、人を守る力ではなく、ただの壊すための暴力だ』と勘当同然で言われたよ」
「だから……柔道を使わなかったのか」
ケンジの言葉に、大剛は力なく頷きました。
「喧嘩はする。だが、技を使えば相手を殺しかねねえ。それが、あの日壊しちまった相手と、俺に期待してくれた連中への、せめてもの落とし前だと思ってたんだ。だから俺のランクはここで止まってる。……笑えるだろ? 自分の力にビビって全力も出せねえ、中途半端な男なんだよ、俺は」
自嘲気味に笑う大剛。
しかし、トモはさらに強く身を乗り出しました。
「笑わねえよ。だがな、大剛。この荒金高校で130位に甘んじてるってことは、いつかお前の大切な仲間……例えば、このバカ正直なケンジが、上位の『本物の怪物』にブッ壊されるのを、指をくわえて見てるってことだぞ」
大剛の肩が、微かに跳ねました。
「お前がその『壊す暴力』を、『仲間を守る力』に塗り替えねえ限り、俺たちは一生、最弱の4組のままだ」
沈黙を破ったのは、店の引き戸が乱暴に開く音でした。
「おーおー、仲良く飯食ってるじゃねえか。最弱クラスのピクニックか?」
店に入ってきたのは、5組の制服を着た三人組でした。1組のような派手さはありませんが、その瞳にはどこか粘着質で冷酷な光が宿っています。
中央に立つ男は、前髪を長く垂らした細身の男。彼は無造作に自分のスマートフォンをかざしました。画面には『阿修羅』のプロフィールが表示されています。
「佐藤ケンジ……全校130位。大剛慎司……131位。ヘッ、ゴミが入れ替わったところで、ゴミの山であることに変わりはねえな」
男の名は氷室(ひむろ)。全校ランク112位。
5組のヘッド候補の一人であり、相手の「弱点」を突く戦い方でランクを上げてきた、狡猾な男です。
「1組の連中はお前らを無視してるみたいだが、俺たちは違うぜ。4組がまとまる前に、その『芽』を摘んでおかないとな。……おい、130位。ちょっと外に出ろよ。その綺麗な『眼』、潰してやるからさ」
氷室がケンジの顔を覗き込み、ナイフのような視線を向けたその時――。
横から巨大な岩のような腕が、氷室の肩をガシリと掴みました。
「……あ?」
「俺のヘッドに、汚えツラ近づけんな」
立ち上がったのは、大剛でした。その瞳には、先ほどまでの迷いは消え、かつて「怪物」と呼ばれた男の、静かな怒りが宿っていました。
「ほう……131位の負け犬が、吠えるか。いいぜ、ついでだ。お前らまとめて、5組の『肥料』にしてやるよ」
氷室の合図で、店の外に潜んでいた5組の連中が次々と姿を現します。
「松月」の外、街灯に照らされた路地裏で、4組と5組の全面対決が始まろうとしていました。
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