第5話
大剛を倒した翌日の放課後。ケンジは130位の座にふさわしい敬意……ではなく、周囲からの「あいつは運が良かっただけだ」という冷ややかな視線にさらされていた。
「……ケンジ。自分でもわかってるだろ。昨日のあれは、100%運だ」
屋上でトモがスマホの画面を見せながら言い放った。
「大剛の足が滑らなきゃ、今頃お前は病院のベッドだ。4組のヘッド(130位)になったってことは、明日から他クラスの80位や90位の連中が、お前の『椅子』を奪いに来るってことなんだぞ」
トモの言葉は正論だった。ケンジの拳はまだ素人のそれで、昨日のアッパー一発で拳を痛めていた。
「どうすればいい……?」
「実戦だよ。学校の中じゃ目立ちすぎる。放課後、隣町の『掃き溜め』に行くぞ。あそこには学校に馴染めなかったチンピラや他校の残党がゴロゴロいる。そこで死ぬ気で『喧嘩慣れ』してこい」
それから数日間、ケンジとトモは隣町の路地裏へと通い詰めた。
「おい、そこのガキ。荒金の制服着て何イキってんだ?」
薄汚れたジャンパーを着た、ガラの悪い男たちが三人。トモが事前に「手頃な獲物」として目をつけていた街のチンピラだ。
「……佐藤ケンジだ。相手をしてくれ」
最初、ケンジはボコボコにされた。学校の連中のような「タイマンの美学」などない。彼らは砂を投げ、ナイフをちらつかせ、複数人で襲いかかってくる。
だが、それが逆にケンジの「眼」をさらに研ぎ澄ませた。
「……右、後ろ、左!」
一週間、二週間と経つうちに、ケンジの動きから迷いが消えていく。
避けるだけではない。避けながら「どこを殴れば相手が一番嫌がるか」を、泥臭い実戦の中で学んでいった。
「眼」で捉え、体で覚え、拳で叩き込む。
数人のチンピラを一人で沈められるようになった頃、ケンジの全身には無数の傷跡と、それ以上の自信が刻まれていた。
修行を終え、久しぶりに4組の教室のドアを開けた時、教室内は騒然としていた。
元ヘッドの大剛は、131位に落ちたショックとケンジへの敗北感から、教室の隅で塞ぎ込んでいる。代わってクラスを仕切ろうとしていたのは、あの「ハイエナ」の河村(350位)たちだった。
「おい、ヘッド様のお帰りだぜ! 運だけで勝った佐藤君よぉ、今日もパン買ってきてくれんのか?」
河村がニヤニヤしながら近づいてくる。
ケンジは何も言わず、河村の目の前まで歩いた。
「……どけよ、河村」
「あぁ!? 調子に乗んなよ、この――」
河村が拳を振り上げた瞬間、ケンジの「眼」がその軌道を完璧に読み切った。
修行で培った最短距離の左ストレートが、河村の鼻に突き刺さる。
「ガハッ……!?」
一撃。崩れ落ちる河村。
クラスメイトたちの目が点になる。以前の、ただ避けるだけのケンジではない。今の彼には、相手を沈める「重み」があった。
ケンジは教壇の前に立ち、クラス全員を見渡した。
「不満があるなら、今全員でかかってこい。……誰も来ないなら、今日から僕がこのクラスをまとめる」
静まり返る教室。
隅にいた大剛が、ゆっくりと立ち上がり、ケンジを見た。
「……佐藤。その目……街で何してきた?」
「あんたに勝てる自分になるための、準備だよ」
大剛はふっと短く笑い、自分の机を拳で叩いた。
「……いいぜ。131位の俺が、お前の下についてやる。その代わり……絶対に他のクラスに負けんじゃねえぞ、ヘッド」
大剛のその言葉で、4組の空気が一変した。
学年最弱の「4組」が、佐藤ケンジという異分子を中心に、初めて一つの「群れ」としてまとまり始めた瞬間だった。
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